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#はじまりのデザイン| 未来の社会に問う、寛容さで包み込む教育

私たち、富士通デザインセンターは社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。というミッションを掲げています。そのために、課題を捉え直し問いを立てる「はじまりのデザイン」、問いに対して共にアプローチする「みんなのデザイン」、アウトプットに落とし込む「かたちのデザイン」の3つのデザインを通じ、さまざまな地域や企業に伴走しながら、より良い社会づくりを目指しています。



どうすれば、誰ひとり取り残されない社会を実現できるのか

私たちの生きる社会には、さまざまな個性や特徴をもつ人たちがいます。それは豊かなことですが、みんながバラバラだからこそ、不便や不自由が生まれることもあります。例えば、障がいをもつ方にとっては、健常者のルールの中で生活することが難しい場面もあるでしょう。では、どうすればそうした課題を乗り越え、誰もが生き生きと活躍できる社会をつくることができるのでしょうか。
 
私たち富士通デザインセンターは、障がいの有無に関わらず、誰ひとり取り残されない社会の実現を目指し、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます。その中の一つが、VR(仮想現実)などのテクノロジーを活用して、障がいを自分ごととして捉えるプロジェクト。インクルーシブな社会の実現を目指し、本プロジェクトをけん引する富士通デザインセンターの杉妻(すぎのめ)謙と、長年にわたり共同研究を実施してきた香川大学の坂井聡教授、公立高校などの教育現場で実践に取り組むスクールソーシャルワーカーの美濃屋裕子さんに話を聞きました。


日常生活で使える「オシャレでかっこいい」支援が意味するもの

坂井教授と杉妻の出会いは2010年にさかのぼります。「ユニバーサルデザイン」のような、“誰もが利用しやすい”ことを目指すデザインが大きな注目を集めていた当時。杉妻もその重要性を認識する一方で、もっと、障がいのある方など、困りごとを抱えている当事者に寄り添ったデザインを模索していたと言います。
 
そして、その解決に役立つと考えたのが、身近なテクノロジー。生活者にとって一番身近なICT機器である携帯電話に着目しました。その携帯電話を活用した障がいのある方の支援について相談したいと門戸を叩いたのが、香川大学で障がい児の教育について研究する、坂井聡教授でした。

香川大学の教授であり、教育学部附属特別支援学校の校長も務める坂井聡先生

坂井教授は、特別支援学校での教職経験も長く、何よりも「子どもたちのために」と現場で使える研究を続けてきました。1990年代から教育の中にテクノロジーを取り入れてきた、インクルーシブ教育の先駆者でもあります。
 
坂井教授は、早くから携帯電話に注目していた理由をこう話します。

坂井:「オシャレで、かっこいい支援がしたかったんです。例えば、発達障がいや知的障がいのある子どもたちは、手順表(視覚的に行動の手順を示したツール)を持ち歩いて、学習や生活において必要な情報や段取りを確認することがあるのですが、紙にプリントアウトしたものよりも、携帯電話で見ることができれば、バスや電車の中でもすぐに取り出せてスマートですよね」

そうして香川大学との共同研究で富士通が開発したのが「特別支援携帯アプリ」。子どもたちの生活や学習、コミュニケーションを支援するアプリで、時間の経過を視覚的に確認できる「タイマー」、伝えたいことや手順を絵で示す「絵カード」、筆順をアニメーションで表現した「筆順」という、3つのアプリで構成されています。カラーフィルターやバイブレーションなどの携帯電話の特色を生かした機能も実装されました。アプリを使った人からの反響は良く、筆順アプリで「自分の名前を生まれてはじめて漢字で書けるようになった」、絵カードアプリによって「自身で着替えや買い物ができるようになった」といった声が寄せられたそうです。

3つの機能を搭載した「特別支援携帯アプリ」。
2011年グッドデザイン賞をはじめさまざまなアワードで評価された

2018年にアプリの提供は終了しましたが、「これまで世の中になかったものを作ることができて、必要性も認めてもらったり、有効性が広まってその後他社でも追随するようなサービスが生まれたり、今に続いているというのはすごく価値があったと思います」と杉妻は振り返ります。

「当事者の支援」から、「支援者の支援」、
そして、「周囲の理解促進」へ

その言葉の通り、以降さまざまな特別支援向けアプリやサービスが登場。香川大学と富士通との共同プロジェクトでも、障がいのある子どもに配慮した教育支援ソフト「キッズタッチシリーズ」(2014年)や、発達障がいや知的障がいなどがある子どものコミュニケーションをサポートするソフト「きもち日記」(2017年)に取り組み製品化、またVRやビデオ会議システムを活用した実証研究(2018年)を新たに行いました。

実証研究では、小豆島の小・中学校、高校などで、障がいのある子どもたちの困りごとをVRで疑似体験できる取り組みや、360度撮影可能な全天球カメラによって特別な支援が必要な子どものいる教室を撮影し、島外にいる専門家からアドバイスを受ける「遠隔授業指導」などを実施しました。

このように、最初は当事者自身が使うアプリという形でスタートしましたが、その後は当事者の周囲にいる人や教育者の理解を深めるようなプロジェクトへと発展していきました。つまり、「当事者への支援」から、「支援者への支援」、「周囲の障害理解の促進」へと、少しずつプロジェクトの軸足が変化していったのです。その変遷について、二人は次のように語ります。

杉妻:「坂井先生と共同研究をする中で、特別支援学校の宿泊学習に参加させていただくなど、実際の支援の現場に入る機会をいただきました。そこで、子どもたちと先生方と寝食を24時間ともにする中で、子どもたち一人ひとりの異なる特性や困りごとに対して、多忙な中で適切なサポートをされている先生方の役割の重要性を目の当たりにしたんです。その経験から、子どもたちの支援はもちろんですが、支援者の方々をサポートする、“支援者への支援”の重要性を感じ、さらには学校以外においても子どもが暮らす地域の人々など”周囲の人々の障がい理解促進"の必要性を考えるようになりました。子どもたちを取り巻く人々や生活環境、つまり「社会の側が変わっていくこと」が大切なのではないかと気付いたのです」

坂井 :「大事なのは『障害の社会モデル』という考え方に立つことだと思うんです。障害を個人の心身機能の問題、と考えるのは『医学モデル』ですが、これに対して、障害は社会環境によって作り出されるものである、と考えるのが『障害の社会モデル』です。これまでは、当事者が頑張って訓練し、できないことをできるようにするという、いわゆる主流の人に合わせた教育がされてきました。だけど、そもそも主流に合わせることができないから特別な支援がいるわけで、その子を訓練して鍛えたところで主流にはなれないんですよね。そういうことを、支援者や教育者にも知ってもらわなければ、当事者の支援に限界があると思い、障がいがある子どもたちの感覚的な困りごとを自分ごととして理解してもらうにはどうしたら良いだろうと考えたときに、当事者の、一人称の視点で困りごとを体験することができるVR技術の活用に至りました」

坂井教授とともに、富士通のサービスデザイナーとして共同研究に取り組んできた杉妻謙
ソーシャルワーカーの国家資格である社会福祉士の資格も持つ


「困った子」の世界を見て理解した、「困っている子」の感覚

また、現場に入り、障がいのある子どもたちと触れ合い、学校教員や支援者と同じ時間を過ごす中で、ほかにも、自分の物差しを見つめ直すリフレーミングの機会が多くあったと杉妻は振り返ります。

その一つが、坂井教授から教えていただいた「”困った子”は、”困っている子”であるという視点の変換です。言うことを聞かない子や、みんなと同じように行動できない子は、大人から「困った子」などと言われることがありますが、実は当事者は、健常者とは異なる感覚を持っていて、うまくできない戸惑いや不安を抱えている「困っている子」なのではないか、と。

そうした「視点を変えること」の重要性を広く伝えていきたい、という思いを持っていた杉妻の元に、高校での出張授業という機会が訪れます。それが、2023年2月に神奈川県川崎市の県立高校で、富士通が実施した「VRを活用した感覚過敏の擬似体験」の授業です。スクールソーシャワーカーとして学校現場に関わり、川崎市の高校で「社会福祉基礎」の授業を受け持っていた美濃屋裕子さんが、ゲスト講師として、社会福祉士の養成校(日本社会事業大学)で同期であった杉妻に声をかけたことで実現しました。

キャリア形成の一環として行われた授業で、参加した生徒の障がいへの理解度や、社会福祉へのモチベーションもバラバラな中、美濃屋さんは障がいについての当事者性を持ってもらうための取り組みとしてVRに注目したと言います。

美濃屋 : 「 他者である当事者の困りごとを自分ごととして捉える機会をもってもらおうと、当事者自身やその親、支援に関わる方などさまざまな人をお呼びして生の言葉で語ってもらう時間をつくってきました。中でも杉妻さんの授業は、VRを使って、実際に発達障がいの一つある『感覚過敏』を体験してもらうもので、私自身もとても衝撃を受けたので、ぜひ生徒たちにも体感してほしいと思ったんです」

ソーシャルワーカー事務所「SURVIVE」の代表ソーシャルワーカーも務める美濃屋裕子さん
学校心理士・社会福祉士・公認心理師の資格を持ち、日々多くの子どもたちや教員の相談や悩みに応えている

授業の中で、生徒たちはVRゴーグルを装着し、「感覚過敏」という聴覚、視覚、触覚、嗅覚などの感覚が過剰に敏感な症状のある子どもが、日常においてどのようなことに「困っている」かを疑似体験しました。

VRを活用した授業の狙いについて、杉妻はこう語ります。 

杉妻 :「VRの特徴の一つである、一人称視点による“強い没入感”によって、他者の出来事を自分ごととして捉えることができます。その体験を通じて驚きでも違和感でもいいんですけど、何かしらの“問い”を持ってほしかったんです。生徒たちはもちろん、先生方にもそんな機会を提供したいと思いました」

実際に、疑似体験した教員からは、さまざまな声が上がりました。
 
「感覚過敏について、自分は知っているつもりになっていた」
「生徒たちに良かれと思ってやってきたことは、本当に良いことだったんだろうか?」
「そもそも全員に対して同じように『学校に来い』と言うこと自体、どうなんだろうか?」

 美濃屋 : 「支援の姿勢を大事にしている先生方ほど、反応が大きかったのが印象的でした。当事者の置かれた状況をリアルに体験することで、本質的な疑問が浮かび上がってくるようでした。その“問い”というのは、すぐ答えが出るものじゃないし、明日からの支援や教育にすぐに生かせることではないかもしれません。ですが、その先生方が、その後何十年と教員としてキャリアを歩んでいくときの礎のような意識を変える機会になると感じ、当初考えていた以上に、意義のある授業になったと思います」

授業のテーマは「福祉とICT」
中でも「障がい者の領域におけるICT活用」にスポットを当てて、疑似体験や座学、ワークショップを行った 

実際の体験風景
課題の捉え直しと問い立ての関係


みんなが同じ風景を見られる「合理的配慮」とは

そして、インクルーシブな社会の実現を目指すプロジェクトにおいて、もう一つ大切なキーワードとなるのが「合理的配慮の提供」。2024年4月から、事業者による障がいのある人への「合理的配慮の提供」が法令で義務付けられました。これからは、行政や公共機関だけではなく民間企業も、障がいのある人から申し出があった場合に、できる範囲で社会的なバリアを取り除くための必要かつ合理的な対応をすることが義務となります。社会全体が変わろうとしていく中で、私たちはこの概念をどのように捉えていったらいいのでしょうか?

誰もが生きやすい社会の実現に向け、意気投合し、熱い議論を交わした3人

坂井教授と美濃屋さんは、それぞれこう捉えます。

坂井 :「例えば教育の場で、それぞれ個性が違う子どもたちに同じ景色を見せようとしたときに、それぞれに合わせて行う“特別扱い”が合理的配慮です。だけど、当事者も保護者も支援者も“特別扱い”をためらってしまうケースがあります。でもそれって身長が高い子や低い子に対して、それぞれに合わせた“台”が必要なのと同じ原理であり、平等ではないかもしれませんが、公平な対応なんです。もちろん、同じ風景を見たくないという子どもがいてもOKです。台の上でしゃがんだり、何かに隠れたりしてもいい。でも現状は、その同じ土俵にさえ上がれないのが問題なのです」

合理的配慮の概念

美濃屋 :「まさに坂井先生がおっしゃる通りで、さまざまな理由で同じ土俵にすら立てない子どもたちがいることへの気付きが重要だと感じます。たとえば、子どもたちをめぐる経済的貧困や、両親の共働きなどによって十分に家庭学習の時間が取れないといった問題も、社会参加上のバリアになり、広義の意味では障がいになり得ることに、思いを馳せる必要があります。単なる家庭学習の時間だけでなく、情緒的サポートも含めて、さまざまな余裕と支援のなさが、学校や社会に参加するうえでのバリアやハードルになるのです。あらゆる人がさまざまな困難に直面して生きているからこそ、あらゆる人が「その人に寄り添った支援」を必要としている。つまり、『障がいに限らず、誰もが支援を必要とする』というように「視点を変えること」が大事なのかなと。その理解の上で、それぞれの事情に合わせた“特別扱い”をしていける社会になるといいですね」

杉妻も、二人の考えに同調します。

杉妻 :「合理的配慮というのは、決まったことを一律提供すれば良いのではなく、建設的な対話を介して、当事者の意思を尊重しつつ、一人ひとりの事情に応じた最適な方法で対応することが重要なんですよね。合理的な配慮という考えがこれから一般化していく流れにあるからこそ、合理的配慮とは何か?』という根本的な部分をあらためて問い続けたいです」


誰もが「生きていてよかった」を実感できるをかたちに

テクノロジーを活用して、「どうすれば障がいを自分ごととして理解することができるか」という問いから生まれた本プロジェクト。障がいのある当事者、保護者、支援者、さらにはその周囲の人を巻き込みながら、広がり続けています。
 
今後は、合理的配慮の提供手段の一つとなり得る、XR(現実世界と仮想世界を融合して、新しい体験を作り出す技術の総称)を活用し、科学館や博物館などのリアルな場どで、障害のある子どもたちも含め誰もが展示を楽しむためのプロジェクトを検討中。また、実施にあたっては当事者や支援者とともにインクルーシブデザインで取り組んでいくことを検討しているそうです。
 
視点を変えた先の究極のゴールは、誰もが「生きていてよかった」という実感を得ること。誰ひとり取り残されない社会の実現に向かって、富士通デザインセンターはアクションし続けます。



ACTION NOTE

地域 : 香川県 高松市、神奈川県 川崎市
実施期間:2010年~
Co-Design Team:
 ●香川大学教育学部教授・香川大学教育学部附属特別支援学校長 坂井聡
 ●香川大学教育学部教授 宮﨑英一
 ●ソーシャルワーカー事務所 SURVIVE スクールソーシャルワーカー 
                           美濃屋裕子
 ● 富士通デザインセンター 杉妻謙、境薫
 ● 富士通インフラ&ソリューションセールス本部 島崎豊
Challenge:
    
テクノロジーとデザインを活用した「障害のない社会」の実現に向けた研究開発
 関連URL:
     
香川大学と富士通、障がい理解の促進や特別支援教育の専門性向上にVRやテレプレゼンスなどを活用する実証研究を開始 (香川大学) [pdf]
   


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