はじまりのデザイン ~地域活性を後押しする、内と外のいい関係とは 〜
私たち、富士通デザインセンターは「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」というミッションを掲げています。そのために、課題を捉え直し問いを立てる「はじまりのデザイン」、問いに対して共にアプローチする「みんなのデザイン」、アウトプットに落とし込む「かたちのデザイン」の3つのデザインを通じ、さまざまな地域や企業に伴走しながら、より良い社会づくりを目指しています。
どうすれば、地域内外の目線を行き来できるのか
地域外の立場から地方創生に関わる上で大切なこと。それは、そこに住む人々を主役としつつも、客観的な視点から伴走すること。しかし、多くの外の人が自分たちの目線で地方を捉えてしまい、本質的ではない課題をつくり出してしまったり、逆に当事者だけの目線によりすぎて新しいアイデアが生まれなかったりしています。どうすれば、地域内外の目線を行き来しながら、地域の活性化に寄り添うことができるのでしょうか。
私たち、富士通デザインセンターと新潟県佐渡島の住民の方々と共に進めている「課題探索共創プロジェクト」から、そのあり方を探るために、本プロジェクトのリードを務める松井晶子に話を聞きました。
メンバーの意志からテーマを絞る
プロジェクトの舞台である新潟県佐渡島は、日本海側で最大の離島であり、島内の大部分が国定公園や国立自然公園に指定される、自然豊かなところ。また、世界遺産登録を目指している佐渡金山や、国際保護鳥であるトキの保護センターなど、豊富な観光資源を持つ島としても知られています。
その一方で、日本の多くの地方と同様に、少子高齢化・過疎化といった問題を抱えているため、民間企業との連携も進んでいます。
自分たちには何ができるのか。
まずは、自らの目で現状を一次情報として確かめることに。
多角的なリサーチを実現するため、異なるバックグラウンドやスキルセットを持つメンバーでチームを構成します。富士通の枠を超え、地方創生を専門とする大学教員、様々な業種の社会人、エンジニア、文化人類学者、現役の美大生、そしてデザイナー。その多様なメンバーで挑むテーマを、佐渡市が定める地方創生のための重点施策で掲げられている「文化」「移住・環境」「観光」の3つに焦点を絞ることに。選定する際に重視したのは「メンバーの意欲」でした。
参加者の中には、松井の志に共鳴しジョインしているメンバーも多くいます。所属や立場などが異なるメンバーが一体となり、高いモチベーションを維持しながら関わることが、このプロジェクトに命が吹き込まれるかどうかのカギを握ると考えたからです。
住民の幸せを最優先に考える
その後3チームに分かれ、フィールドワークを実施。このフィールドワークでは、文化人類学に基づくキーパーソンたちへのヒアリングにより、インサイトを掘り起こすとともにプロジェクトを推進する地域内の仲間探しも兼ねていました。地域外のメンバーだけでプロジェクトを進めると、住民の方の視点を踏まえずに、独りよがりなプロジェクトになってしまうからです。
また、フィールドワークを行う際は、本プロジェクトのアドバイザーとして参画いただいた多摩美術大学で教鞭をとる人類学者の中村寛先生からのインプットを大切にしたと松井は振り返ります。
フィールドワークから集めた情報をもとに、AIを活用し新しい郷土料理の開発を行うキッチンラボや、島に住む高齢者の方と協力して、島の案内を行うシニアガイドなど、住民の方と協力しながら観光促進するアイデアが生まれました。
一度はいいアイデアが出たと思ったメンバーたちでしたが、メンバーのとある発言からアイデア自体を見直すことを決めます。
松井は『人を呼ぶこと』を起点に考えていたゆえに、『住民の方の幸せ』を見過ごしていたと続けます。
「どうしたら、観光客を呼べるか」から、
「どうしたら、住民が幸せになるか」という問いへ
この発想の転換が、プロジェクトのターニングポイントになっていきます。
都会の当たり前を押し付けない
住民が集うコミュニティレストランや、AIを活用した新しい郷土料理の提案など、アイデアの具体化と並行して、“食”のプロジェクトの実現に協力してくれる、地元のキーパーソン探しも進めていきました。住民の視点を得ることはもちろん、プロジェクトの“持続可能性”を考えなければいけなかったからです。
協力を仰いだのは、島内のフレンチレストラン「清助 NextDoor」のオーナーシェフ・尾崎邦彰さん。尾崎さんは、中学卒業後、大阪での料理人修行、東京でのレストラン経営を経て佐渡に渡った後、地元の主婦や学生相手に、食を通じた教育に尽力しており、松井はその熱意に心が動かされたと言います。
しかし、住民が集うコミュニティレストランのオープンやAIの導入といったアイデアを尾崎シェフに提案したところ、予想外の返事が返ってきました。
そこで初めて、自分たちが住民の方の視点を理解できていないことに気づいたと松井は振り返ります。
そうして、尾崎さんとのつながりから、地元の高校生の協力を得て、島の魅力に気づくためのワークショップを開催することに。対話によって、自分たちが暮らす社会や地域の将来像を深めていきます。生徒のアイデアを引き出しながら、伴走している大人も一緒になって気づかされる場面も。
結果、辿り着いたのは、食のイベント企画。佐渡の豊かな食材を活用したレシピ開発から調理までを地元の高校生が行う「GACHIコミュニティレストラン」です。高校生にとっては、このプロジェクトに関わる地元企業のプロフェッショナルな仕事や思いに触れながら、ビジネスの現場を体験する機会になり、そのプロセスに関わるすべての住民にとっても、自分たちの思いを自らの手で形にすることの体験となると考えたのです。こうした体験設計によって、地元企業と学校が繋がり、緩やかな連鎖が生まれるきっかけに。
内の意識を持ちながら、外の視点のアイデアを出す
紆余曲折ありながらもプロジェクトを軌道に乗せられた背景には、地域内外の視点のバランスをうまく取れたことがありました。それがうまくいった背景には大きく三つの要素があったと振り返ります。
「地域から日本を元気にしたい」という松井の思いが、多くの人につながることで生まれた、本プロジェクト。
その思いは、企業や組織の壁を越えて多様性と熱量をもったつながりに連鎖し、さらに地元の人たちを巻き込んだコラボレーションチームへと発展。解決につながる可能性を描いては、住民たちとともに歩みを進めています。
彼らが見据える真のゴールは、局所的な課題解決ではありません。自分たちがプロジェクトから抜けた後も、住民自らの手でいきいきと価値を生み出し続けることができるサステナブルな仕組みです。
それと同時に、佐渡島での取り組みから、社会課題解決に向けた企業の役割についても、模索しています。個人や個社で解決する課題として捉えるのではなく、社会全体のインパクトにつながる可能性に向かってアクションしていきます。