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社会課題の本質にアプローチするために。

みなさんと共に、社会の課題を多角的な視点で「もっとやさしく」捉え直すメディア〈DESIGN SPECTACLES〉。
 
鼎談第一回目では、複雑で漠然とした課題を、余白のある「問い」へと括りだす重要性や、そのために必要な視点を模索してきました。
 
しかし、「問い」を立てる前提となる「本質の課題」は言語化されていないことも多々あります。 困っている人に「何が問題なんですか?」「何が必要ですか?」とダイレクトに質問しても、困っている人は解決策をもっていないからこそ、困っている。そのため、根本的な課題の解決には繋がらないことがほとんどです。
 

今回は、経済産業省とデジタル庁で行政サービスのデジタル化の課題に向き合う吉田泰己さんと、ボーダレス・ジャパンでアジアやアフリカなど世界の課題解決に取り組む田口一成さん、富士通デザインセンターで社会課題の解決に向けたサービスに関するプロジェクトを多数手がけてきた森下晶代が鼎談。
 
「どうすれば、本質的な課題にアプローチできるのだろうか?」という問いについて、話を深めました。



まず、誰の声を聞くか

ーー 今日は、複雑な社会課題に向き合い、多様な人々の声を聞きながら、日々奔走するみなさんにお集まりいただいています。まず、みなさんがそれぞれ向き合っている課題についてお聞かせください。
 

吉田:私は、経済産業省で事業者向け行政サービスのデジタル化を推進してきました。行政の仕事は社会課題の解決と密接に結びついています。日常で利用する民間サービスがデジタル化を通じて便利になる中、行政サービスは本当にユーザーにとって利用しやすいものになっているのだろうかという課題意識を、海外留学やデザインアプローチを学ぶ中で改めて持ちました。


森下:私は、富士通デザインセンターのサービスデザイナーとして、社会課題の解決に向き合っています。たとえば最近では、公共サービスに関連する課題解決に携わっています。また、女子学生の創造力やリーダーシップを育むNPO法人を運営しており、社会課題の解決を実践しながら、社会変革を担う人材の育成と環境づくりにも取り組んでいます。 


田口:僕は、アジアやアフリカなどの発展途上国の課題や環境問題などと向き合っています。課題解決に向き合う社会起業家を育成し、その仲間たちと共に、様々な国でソーシャル・ビジネスを生み出しています。

 

ーー みなさん、向き合っている課題が複雑で、当事者や関係者も多そうですね。課題の本質を見つけるために、まず誰に話を聞くのですか?

森下:たとえば、年金のサービスの場合、実際に年金を受給している高齢層の方などは、不便であってもなんとか頑張って手続きされる方も多いです。言い換えれば「ユーザーが課題と認識していない」状態です。なので、課題はなんですか?といきなり聞くのではなく、現場で何が起きているのかを観察するところから始めます。実際に何が起きているのかを知りながら、より使いやすくなるための仮説を作り、現場で当事者へのヒアリングを繰り返して改善を重ねていきます。 


吉田:行政サービスのユーザーは多様で、事業者と言っても、法人から個人事業主、大企業から中小企業まで本当に様々です。また、不正防止や安定稼働など、公共サービスとして向き合わなければならないことも多い。
 
こうした状況の中で、これまでは行政がサービスを用意すればそれを使ってくれるだろう、という態度で臨むことが多かった。しかしそれではユーザーは利用してくれない、不満を持たれてしまうということが、今回のコロナ禍で得られた大きな教訓です。どうしたらユーザーが使いやすいかを考える姿勢を大切にしたいと考えています。


田口:僕は、社会課題の中心にいるコアターゲットの心からの声に集中することで、ようやくニーズを理解できると考えます。ノンターゲットの言葉はノイズとして聞かないようにしています。ブレてしまうから。

吉田:行政サービスが難しいのは、なるべく多くの人にサービスの価値を届けなければならないことです。サービスによる課題解決が、いかに多くの人にとってインパクトがあるかということが重要になってきます。立場・年齢・ITリテラシーなども全く異なる人々に、共通のサービスを使ってもらわなければならないこともあります。
 
一方で「誰ひとり取り残さない」といっても、まずはコアなユーザー層、例えば、事業者であればITリテラシーのある若手経営者などを想定し、彼らの困りごとから向き合い、そこから段階的に想定する利用対象を広げていかないと、本当に使ってもらえるサービスにならないのではないかと考えています。コアなユーザー層も利用できない場合、それ以外のユーザーはもっと利用が難しいはずです。 


相手に憑依し、自分とのズレを探す

ーー 課題の当事者が、ご自身と全く違う状況にあることも多いですよね。どうやって、その人たちの本心を探っていくのですか?

田口:僕らは、たとえば、ミャンマーの農村でビジネスを生むためにハーブティーを作ったり、妊娠中や授乳中の女性に向けた産前・産後用のブランドを立ち上げたりしています。
 
ですが、僕はミャンマーの農家にも妊娠中の女性にもなれません。その代わり、相手に“憑依”するくらい、相手の気持ちを想像します。相手から見えている景色が自分にも見えるまで、徹底してヒアリングするんです。
 
相手の生活状況や経済観、思考の傾向……日々どんな生活を送り、どんな問題が起こっているのか。それらをわざわざ聞かなくても、「わかっている」状態にまで自分を持っていくことで、ようやく相手の本心が見えてきます。 

 

ーー その想像がどこまで合っているのか、どうやって確かめるのですか?

 

田口:“憑依”の境地に達したら、次は「自分だったらどう助けてもらいたいだろう?何が欲しいだろう?」と考えます。相手になりすましながら、「自分が相手の立場なら、それって本当に欲しいだろうか?」と自問自答する。その答えを「自分はこれがあったら良いと思うのですが、あなたはどう思いますか?」と聞いてみるんです。
 
自分は当事者になれなかったとしても、自分と相手の間にある、感覚の“ズレ”を知ることはできる。当事者の話を聞きながら、少しずつ相手に合わせて自分の感覚を調整していきます。

森下:やはり、当事者がこういうことを思っているのではないかという想像力を持ってヒアリングすることは大切ですよね。とりわけ一緒に「社会課題を考えよう」といろんなメンバーと活動をすると、幅広い人たちから漠然と意見を聞くだけで満足しがちなので、できるだけ具体的に、当事者ならではの感覚や体験にフォーカスできるように探っていきます。相手が何を感じ、そこでなにが起きているのか、自分の言葉で説明できるようになるまで、そしてあたかも当事者になれるくらいまでふかぼっていきます。そうすることでだんだんと想像がリアルと重なっていく感覚を得ていきます。  


目を見て、肉声を聞くこと

ーー ヒアリングは、数ではなく、質なんですね。とはいえ、あまりに少数だと、その人が本音を言ってるかどうか分からなかったり、極端な意見に偏ってしまったりすることもありませんか?


田口:本音からくる“肉声”を聞かないとダメなんだと思います。僕はアンケートを取ることを禁止しています。無意識に自分たちが考える仮説に相手を誘導する質問表を作り、本音が見えなくなってしまうからです。 


森下:私もあまりアンケートは好きではないのですが、一定の傾向を見るために使うことはあります。定量的に数字で見えるものと、定性的に一人の本音から見えるものは得られるものがそれぞれ違うので、うまく掛け合わせていくことが大事なのかなと。定性的なものからは、その人ならではの本音、定量的なものは時間軸での大まかな傾向が見えるなどそれぞれ見えてくるものがあります。その評価の比重をどう設計しようかというところは、割と悩んだりもします。

 

吉田:たとえば、申請の締め切り直前になるとサイトのアクセス数が急に増えるといったように、ユーザーの行動パターンが数字によって明らかになることもありますよね。一方、どこが本当に使いづらいのか、どこで戸惑ってしまうのかなど、一人の動作や表情からしか分からないことも多いです。

田口:まさに。僕も、発言の内容よりも、五感をフル活用して声色や表情に注目します。そこでようやく、“肉声”を聞けたことになると思います。ヒアリングはするけれども、相手の言葉をそのまま信じないことも同時に肝に銘じています。


森下:プロトタイプに対するヒアリングで「うーん、いいんじゃない?」「まあ、OKだと思うよ」という返答は、アンケートで言うと「良い」とか「まあまあ普通」になると思うのですが、この反応は私の中では「イマイチ」。なぜなら、まぁ良いかもという発言の背景には、興味を持ってもらえていないということが隠れていることが多い気がするからです。一方で、「ここもそこも問題ばかりで全然良くない」と文句を言っていた方が、あとから「実はこのプロダクト好きなんだよね」と言ってくれたこともあるので、内容も大事ですがフィードバック時の空気感はとても大切にしています。
 
たとえネガティブなフィードバックでも、それを相手が言ってくれるのは、こちらに興味があり、何かが気になったから。指摘された点を変えてみると、うまくいくケースも多いんです。これは本当に面と向かって“肉声”を聞かないとわからないから面白いですね。 


吉田:少し場面は違いますが、行政で新しいことにチャレンジしようとすると、組織内で保守的な反応を受けることもあります。一方でこちらがそのサービスの意義を、熱量を持って語ると、「こいつは本気でやろうとしている」と相手にも伝わるんですよね。一緒に解決していく仲間に対して説得や交渉をするときも、どれだけ熱意を持って話しているかは伝わるし、それによって人や事業が動かされる気がします。

田口:大抵、新しいことをやろうとすると、最初は誰も支持してくれないんですよね。最初にフラットに議論すると、何も進まなくなるので、「まずはやってみる」と行動する。目に力を込めて、至近距離で情熱を爆発させて喋る。たくさんの人にその話をする。
 
一人か二人の熱い思いで作りはじめてしまえば、そのうち周りも「いや、実は良いと思ってたんだよ」と、乗っかり始めるんです。合意形成をするより、まずは少人数ではじめてみる。


興味や熱量は、どこから湧いてくる? 

ーーとはいえこれでいいんだろうかと不安になったり、高い熱量を保ち続けるのが難しいこともあったりしますよね。

森下:正直、公共サービスのようなユーザーが幅広いプロジェクトで、デザイナーとしてのUI/UXの改善以上の価値が発揮できるだろうかと、最初は不安だったんです。でも、ただ業務効率化をするということだけでなく、一人の生活者、一人の国民として、年金という制度全体をもっと人に寄り添う「やさしい」サービスにしていく機会なのではないか、と気づいてから、熱量が上がっていきました。 


田口:僕は、「相手の役に立ちたい」「そのためにどうすればいいか」と常に考え続けていれば、自然と相手に興味が湧いてくるタイプです。相手への憑依度が高まり、自分自身が「このサービスは必要だ」と腹の底から納得感を持つことができれば、自然と熱量が生まれてくるんです。

吉田:デザインアプローチについて学んでいく中で、まず自分を見つめ直すことも大事なんだということを学びました。自分はこれまでどういう人生を過ごして、どこに興味があるのか。何を大切にしているのか。
 
それを言語化していくと、その軸から「これをもっと知りたい」という興味が出てきます。自分自身を理解すると、本当に解決したい課題や、その対象についてより深く考えられるのではないかと思います。 


田口:「自分のやりたいこと」や「興味があること」が分からない、仕事と結びつかない、という人もいると思います。でも、人にはそれぞれ、最大限の力を発揮できる“タレント”がある。そこで最大限のパフォーマンスを出していると、自分のやっていることがどんどん好きになっていく。
 
だから、「何に興味があるんだろう?」「何がやりたいんだろう?」ということが分からない人には、その人のタレントが光る場所を作ってあげられるといいですよね。すると、色々なことに自然とモチベーションが生まれてくるんです。

社会課題に向き合う自分への納得感

ーー ここまで、課題解決に向き合う“熱量”の根幹には、「社会課題に対して自分がどうありたいか」という確固たるスタンスがあるような気がしています。 

森下:社会課題に向き合う中で、あまりにも大きいサイズの課題感であるがゆえに、最初は私自身も「自分は何ができるんだろう」「これが本当にやりたいんだろうか」とモヤモヤすることも数多くありました。
 
でも、いくつか突き抜ける経験をして、だんだん理解が深まっていくのと同じスピードで、相手のことをすごく好きで、その人の景色を見てみたいと思えるようになった。自分の得意や興味、好きなことと現場が一致して、そこから「じゃあ明日から何をしよう?小さくてもひとつずつやってみよう!」と前向きに考えられるようになったと思います。 


吉田:やはり政府のデジタル化を進めることに意味を感じるからこそ、いまこの仕事に熱意を持って取り組めているとは思います。同じ時代に、同じ国で生きる人々がもうちょっと幸せに生きられるためのデジタルインフラをどうすれば作れるか。それを仕事とすることに納得している自分がいるからこそ、前進することができています。 


田口:僕の場合は「自分だけ幸せな世界は幸せじゃない」という気持ちがあるんです。自分だけ豊かでハッピーに暮らすのは簡単ですが、それが僕はなんとなく気持ちよくない。
 
社会課題について「無関心な人」はほぼ存在しないと思っています。その人は「未認知」の状態であるだけ。だから、知る機会さえあれば、誰もが自然と社会課題に興味を持って、熱量が生まれてくる可能性があると思うんです。
 
そこに納得できていれば走り出せるし、どこかにズレがあると走れない。他人がどう言うかじゃなくて、まずは自分の中での納得感を大事にする。そうすれば、「これなら期待できそうだ」という打ち手や、社会課題に向き合う熱量が自ずと生まれてくるはずです。


社会課題の本質的な解決に向けて奔走する三者三様の考えが交わるなか、3人が共通して見つめる先は「人」。課題当事者を理解したいという「想いの強さ」。課題の本質に挑む熱量が紡がれて、社会に小さな変化を起こしていくのかもしれません。

DESIGN SPECTACLESでは、さらに課題の本質を照らしながら、共に考え、繋がっていく機会を探索していきます。


※所属・肩書は取材当時のものです。