海ゴミ問題の解決に挑む「海で分解するプラスチック」
デザイナーが海洋生分解性プラスチックの研究者に聞いた 前編
こんにちは、デザインアドボケートの横田です。
前回、海ゴミを拾う環境活動を行っている大学時代の友人、渡邊尚紀さんに話を聞きました。
取材の中で人の手では拾いきれないマイクロプラスチックがあることや、それが海の生態系に及ぼしているという問題を新たに知りました。やはり社会課題は複雑で、ゴミを拾うだけでは海ゴミ問題は解決しないようです。
そこで、海洋のプラスチックゴミを減らすにはどうしたらいいか調べを進めていく中で、海の中で分解される「海洋生分解性プラスチック」というものがあり、その研究が日本でも進んでいることが分かりました。
今回は、海洋生分解性プラスチックを研究している群馬大学の粕谷健一教授を訪ねました。前編は、海洋ゴミ問題の現状や粕谷教授の研究ついて、詳しく聞いていこうと思います。
海洋生分解性プラスチック研究を始めたきっかけ
横田 富士通デザインセンターでデザインアドボケートをしています、横田奈々です。今日は、海洋生分解性プラスチックに興味を持ってやってきました。よろしくお願いします!
粕谷 群馬大学の粕谷です。私は、海洋生分解性プラスチックを研究しています。この研究は、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度(※)」の研究開発プロジェクトの一つに採択されます。
横田 海洋生分解性プラスチックとは、どのようなものでしょうか?
粕谷 海洋で分解する生分解性プラスチックのことです。通常のプラスチックと同様の強度や耐久性を持ちながら、使用後は微生物の働きで分解されて土に還る生分解性プラスチックはすでに実用化していますが、生分解性プラスチックは海中では分解しにくいんです。
プラスチックゴミは河川などを通って海に流れ着きますが、そもそも海で分解されるプラスチックを使うことで海ごみを減らすことができるという考えから、海洋生分解性プラスチックを研究しています。特徴は、「①海中で分解する」「②使用済みになった時に分解が始まる」の2つです。
横田 開発に取り組むきっかけはなんでしょうか?
粕谷 もともと釣りが趣味だったんですが、私が大学生時代の20〜30年前、釣り場に行くといつも、ルアーやら釣り糸やらのゴミがたくさん落ちていました。それを何とかしたいという思いから、生分解性プラスチックに取り組みたくてラボを選びました。そこから、海でも分解される海洋生分解性プラスチックの研究に進んだという経緯です。
横田 海洋生分解性プラスチックは、どんな製品に使われるのでしょうか?
粕谷 まず考えているのは、海で使われるものや、海に流れやすいものですね。海で使われるものは例えば、釣り用のルアーや糸、漁網などです。また、海で使わなくても海へ流れる可能性が高い製品。例えば、農業用のマルチフィルムや肥料のプラスチック被膜殻などを視野に入れています。
横田 被膜殻ってなんですか?
粕谷 畑で土に肥料をそのまま撒くとすぐに流れてしまいますよね。なので、肥料を効率的に使えるように、プラスチックの被覆肥料を使うんですが、その被膜殻が河川に流れ出る可能性があります。
横田 そういった現状があることを全く知りませんでした。私は、最近サステナブルファッションに興味があり、調べている中で、ポリエステル製の洋服からマイクロプラスチック海に流れ出ることが問題になっていると聞きました。
粕谷 その通りです。ペットボトルの再利用素材のフリースは、一見環境に良さそうですがマイクロプラスチック源の一つになってしまっています。
横田 これは新たな気づきです!多くの人が知るべき事実だと思います。
粕谷 そうです。しかし、こういった問題に取り組むときには多角的な視点が必要です。LCA(ライフサイクルアセスメント)という言葉では語りきれません。例えば、電気自動車も、環境問題の一部を解決する一方で新たな問題を生み出す可能性もあります。結局のところ、どのアプローチが最も効果的かは、数百年先の結果を見てみなければわかりません。研究者もそういった予防原則のもとに動いています。
環境問題は単にゴミを減らすだけではなく、全体のバランスを考える必要があると感じています。
社会課題としてのゴミの話
横田 この問題の真実の深刻さ、具体的にどれほど深刻なのでしょうか? 予測状況はどうでしょうか?
粕谷 「30年後には、海洋における魚の重さをプラスチックの重さが超えてしまう(※)」とも言われています。最近、研究の一環で、深海で実験する機会があるのですが、水深3000メートルを超える深海にもゴミがあって驚きます。深海にも、まるでゴミの集積場のような場所があって、それを見ると「ここは地上かな?」と思ってしまうほど。ゾッとしますよね。月面にゴミがあるような感じですよ。
横田 自分本位で申し訳ないのですが、30年後には魚を気軽に食べられなくなるということでしょうか?
粕谷 そうなる可能性がありますね。1950年ごろからプラスチックの大量生産が始まり、それから70年が経過すると、地球上のあらゆる場所がゴミで溢れかえっている状況です。パソコンや冷蔵庫や洗濯機といった家電のように、販売時に廃棄処理費用を徴収する制度がないことも問題です。国連からは、プラスチックにデポジット制を導入するべきという提案(※)も出ています。
横田 それを「日本でもやりましょう」となるには、どうすればいいんですかね。
粕谷 政策、法律で決めてしまえばいいんじゃないですかね。昔は無料だったレジ袋もお金を取るようになりました。「お金がかかるなら使わない」という心理から、プラスチックの使用量の削減も期待できます。
横田 なるほど、ひとえに海のプラスチックごみ問題と言っても、先生のような新素材の研究開発、前回取材した活動家の方による海ごみを拾う活動、さらに行政による政策・法律策定、と様々な面から解決に取り組む方法があるということですね。
課題と解決とハードルの話
横田 個人的に、プラスチックの量が魚の量を超えると聞くと、すぐに何か対策したほうがいいと感じるのですが、現実的にはどのようなハードルがあるのでしょうか?
粕谷 ハードルだらけですね。生分解性プラスチックの研究自体も大きなハードルです。
例えば、ハードルの一つが、プラスチックが流れ込む深海の環境をどう再現するか。年に2回、「しんかい6500」に乗って深海に潜って実験を行っていますが、その環境を深海以外で再現するのがかなり難しいんです。深海で、プラスチックの表面に微生物が生付いた後、何が行われているかを調べて、微生物が分解酵素を出す環境をどう作り出しているのか。海中にはさまざまな微生物が存在するため、すべてに対して同じ手法が通用するわけではありません。プラスチックが不要になって廃棄したら分解が始まるきっかけのことを「スイッチング」と呼んでいますが、人間が望むスイッチングを、さまざまな環境条件に応じてどのように再現するかという課題があるのです。
横田 スイッチング機能を持たせる方法は4つあると伺いました。
粕谷 代表的なものが4つありますが、実際には8つの方法があります。海は酸素が豊富ですが、海底の土壌の下は酸素ないため、酸素濃度の変化を利用してスイッチが働き、プラスチックの分解が始まりバラバラになる仕組みです。これを「酸化還元電位スイッチ」と呼んでいます。また、海中に入るとプラスチックが分解する「塩濃度スイッチ」もあります。河川などの淡水では反応せず、海水中の塩分に反応してプラスチックが分解し始めます。
前編のまとめ
前編では、粕谷教授が現在取り組む海洋生分解性プラスチックの研究について伺いました。
従来のアプローチでは、複雑な社会課題の解決が難しくなっている今、ムーンショット型研究開発制度のように、これまでのやり方にとらわれず、イノベーティブな解決策を模索する取り組みは必要だと私も考えます。一方で、もう一つ強く感じたのが、デザイナーはこれまで、こういった研究の現場にあまり関わってこなかったのではないかということです。
後編では、デザイナーが研究に参加することでできることはないか、研究にデザインアプローチを導入することのメリットなどについて、粕谷教授とディスカッションしたいと思います! ご期待ください。