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【ケーススタディ】世界の社会課題を解決した「やさしい問い」たち

いま社会には、一筋縄では解決できない複雑な課題がたくさん転がっています。

みなさんとともに社会課題を考えていくために、まずは私たち自身が、身の回りにどんな課題が横たわっているのか、向き合ってみるというところから始めています。

環境問題、あらゆる社会課題の解決策にひとつの正解はありません。様々な角度から課題を捉え、漠然とした課題に対して、人中心の視点で考え、多くの人が取り組むきっかけとなる「やさしい問い」を立てる。そこから解決の道筋が見えるのではないかと、私たちは考えています。


前回の記事では、有識者たちのフィルターを通して、課題の捉え方や問いの在り方のヒントを探りました。

今回は、世界で先行事例から「やさしい問い」をケーススタディし、そこから得られるエッセンスを学んでいきたいと思います。世界で行われてきた、あるいは現在行われている社会課題解決のプロジェクトの裏側には、どんな問いがあったのでしょうか。

現実と理想のギャップを埋める「やさしい問い」を、私たちなりに解釈し、考察してみたいと思います。



Case Study1

環境問題を身近に感じる場「Copen Hill」(デンマーク) ー環境の社会課題

環境問題やウェルビーイングへの先進的な取り組みでよく知られる、北欧・デンマーク。首都のコペンハーゲンは、2025年までに世界トップのカーボンニュートラル都市を目指しています。

そんなコペンハーゲンに、2019年、山のようなデザインの建築「Copen Hill(コペン・ヒル)」が登場しました。この建物は、なんとゴミ焼却所兼発電プラント。デンマークの世界的建築事務所・BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)が設計しています。

ここでは、ゴミ処理時の熱を温水に変えて、エネルギーを生み出しています。2020年には8万世帯分の電力と9万世帯分の熱を供給したそう。また、年間10万トンのCO₂排出を削減している上、有害物質の浄化機能も備えています。(写真の屋上の煙突からでている白い煙のようなものは有害物質を除去した水蒸気とのこと。)

しかし、単なるゴミ処理所兼発電プラントではありません。Copen Hillの屋上斜面は、人工芝のスキーやボルダリングなどが楽しめる、レクリエーション施設。年間通して幅広い人々に愛されるスポットになっています。つまりCopen Hillは、ゴミ焼却施設の屋上部分でアクティビティを楽しめる場所なのです。

建築事務所のBIGは、このゴミ焼却所兼発電プラントの設計にあたって、「快楽主義的持続可能性」という言葉を使ったそうです。社会の「持続可能性」を難しく捉えるのではなく、楽しいという動機から始めてもいいのではないか、と。


「ゴミ問題・環境問題」という大きな課題に対して、「どうしたら、人々が楽しくサステナビリティを考えるきっかけをつくれるだろうか?」という問いにリフレームすることで、こんなにも斬新なアイデアが生まれたのかもしれません。



ごみ問題・環境問題

どうしたら、人々が楽しくサステナビリティを
考えるきっかけを作れるだろうか?




環境問題という複雑な課題に対しては、目を背けたくなってしまう。逆に、レジャーやアクティビティなど、楽しいことには心が動く。そんな人間の嘘偽りない本心を捉えた「やさしい問い」だと思います。



Case Study 2

北欧の食文化を再興した「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」(デンマーク) ー食の社会課題

もうひとつ、同じく北欧・デンマークにおける事例から学んでみたいと思います。

みなさん「デンマーク料理」と聞くとどんな料理を思い浮かべますか?イタリアやフランス、スペインなどに比べるとイメージしづらいかもしれません。

デンマークは長年、観光資源が乏しい国でした。特に食文化においては、もともと酪農が盛んだったものの地産地消という考え方は薄く、当時の飲食店のほとんどは外国料理店で、食材もほとんど輸入品だったといいます。

そんな中、2004年ごろから「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」と呼ばれる運動が始まりました。新北欧料理とも訳されるこのトレンドを生み出したのは、いまや世界最高のレストランとして有名な「noma」の創業者、レネ・レゼッピとクラウス・マイヤー。

ふたりは「なぜ北欧のレストランなのに、北欧料理や地元の食材が全く出されていないんだ?」という素朴な違和感からスタートし、何が北欧料理たらしめるのかを言語化し、10項目からなるマニフェストとして発信。そこから北欧各国政府が動き出し、2006年から2016年までの間「新北欧料理マニフェスト」の支援に300万ユーロを拠出したそうです。


結果として、地域食材が再評価され、学校給食をはじめ民間における食の地産地消は進み、nomaは世界のレストラン・ランキングトップの常連として「世界一予約が取れないレストラン」とも称されるようになりました。

さらに近年はデンマークの他レストランもランクインするなどし、そのレストランに行くためにデンマークを訪れる人々が増加。コロナ禍でレストランが営業できなかったときには観光産業全体が危機的状況に陥るほど、国の重要な資源となったのです。



食料自給率の低迷、食文化が乏しい

どうしたら、自国の食料を
新しい文化として発信できるだろうか?




レネたちは、身近な違和感に気づき、「食料自給率の低迷」「食文化が乏しい」という課題を、「どうしたら、自国の食材を新しい文化として発信できるだろうか?」という問いにリフレーム。これまで見向きもされていなかった北欧の食材に光を当てるきっかけを生み出しました。

その運動が、国を動かし、他のレストランのシェフたちを動かし、結果的に世界中から人が集まるほど求心力のある「文化」へと育っていったのですね。素朴な疑問から生まれた「やさしい問い」が、多くの人を巻き込んで、複雑な課題をポジティブに変革していった素晴らしい事例だと思います。



Case Study 3

保育士不足でも一人あたりの負担を減らす「スマート保育園」(日本) ー人材の社会課題

日本の課題解決の事例からも、問いのリフレームを考察してみたいと思います。

いま、全国で保育士不足が問題になっていますね。厚生労働省が発表した「職業安定業務統計」によると、令和3年4月時点の保育士の有効求人倍率は2.04倍。全職種の平均である1.04倍と比べると、数字を見てもかなりの人手不足であることがわかります。

保育士一人あたりの負担が増えると、保育士自身の時間と心のゆとりがなくなり、子ども達とじっくり関わる時間が取れなくなります。子ども達が安心して過ごせる環境がないことは、働きながら子育てをしている親にとっても新たな負担となります。

そんな課題をテクノロジーの力で解決しようとしているのが、ユニファ株式会社が提供する保育総合ICTサービス「ルクミー」です。「スマート保育園・幼稚園・こども園」構想を掲げる同社は、ICTツールで子どもの検温や睡眠の見守り、写真の販売や連絡帳の作成、帳簿つけなどをデジタル化し、保育園の業務効率化につなげています。

ルクミーのWEBサイトによると、ルクミーを導入したモデル園では全国私立保育園連盟の調査時間と比較して、ノンコンタクトタイム(保育士が直接子どもと接しない時間のこと。保育士同士の情報交換や保育計画の策定など保育の質を高めるためにも重要な時間と言われている)が約2倍に増加。業務効率化によって保育士のゆとりを生み、子どもたちとじっくり向き合える時間を作り出しています。

「保育士不足」と聞くと、保育士の給料を上げる、保育園への補助金を増やすなどのシンプルな解決方法しか思いつかないかもしれません。ルクミーは、いま現場で働く保育士にフォーカスすることで、「どうすれば、保育士の負担を軽減して、子どもとじっくり向き合う時間を作り出せるだろうか?」という問いにリフレーム。



保育士不足

どうしたら、保育士の負担を軽減して
子どもとじっくり向き合う時間を作り出せるだろうか?




本当は管理や記録などの事務作業ではなく、子どもと話したり、遊んだりする時間を増やしたい。そんな保育士たちの願いや保育の現場から生まれた「やさしい問い」が、画期的なサービスにつながり、多くの保育の現場へ共感が広がっていったのでしょう。



Case Study 4

長期入院の子供にもリアルな学びを「仮想体験学習」(日本) ー教育の社会課題

最後に、私たち富士通デザインセンターの取り組みからも、問いのリフレームについて考えてみたいと思います。

教育に関する課題のひとつに、怪我や病気などの長期入院で学校に通えない子どもたちへのサポートがあります。以前からNPO団体を中心にさまざまな支援が行われていますが、やはり学習不足や人間関係の乏しさなどはなかなか解消できない問題です。

この課題に取り組み始めた当初、富士通のデザイナーは「学校や社会との繋がりを持てたらいいのではないか?」という仮説を持っていました。しかし、養護学校や院内学級に足を運んで先生や子どもたちとの対話を重ねていくと、そもそも圧倒的に足りていないのは「リアルな体験」だということがわかってきました。

たとえば、買い物へ行ってお金を払うことや、自然の中で生き物と触れ合うことなど、日常の体験が抜け落ちていることで、教科書だけで勉強を教えられても理解が進まないのだそうです。当たり前に過ごしていた幼少期の日常生活が、実は学習の基礎になっていた。それは、その機会が失われてしまっていた子どもたちの視点に立たないと見えてこない事実でした。

私たちは、体験不足という課題を、どうしたら「可能性」に変えられるかということから構想をはじめました。見たことがない、という状況を裏返せば、見たいという意欲は誰よりも強いかもしれない。「どうすれば、子どもたちの体験の不足を機会として捉え、学ぶ意欲や生きる力へと変えていくことができるだろうか?」という問いへ行き着きました。

そこで、多くの長期入院の子どもたちが経験したことのないもののひとつ、「海の生き物」との触れ合いを疑似体験する機会からスタートすることに。水中ドローンとVR技術を持つベンチャー企業をプロジェクトに巻き込みながらアイデアを出し合い、海を知らない子どもたちに海や生き物について学んでもらう、仮想体験学習を行いました。

実証実験は成功し、リアリティがありすぎて怖いという子もいたほど。病室に戻ってからも、興奮冷めやらず、楽しそうに感想を話し続ける姿もありました。

このプロジェクトは、新型コロナウイルスが流行する前に長期入院の子どもに向けた取り組みとして始まった取り組みでしたが、アフターコロナにおけるすべての子どもたちの遠隔学習への応用の可能性なども含めて広く評価をいただき、2020年に外務省の「ジャパンSDGSアワード」の特別賞を受賞しました。



長期入院の子どもへの教育

どうしたら、子どもたちの体験の不足を機会として捉え
学ぶ意欲や生きるチカラへと
変えていくことができるだろうか?




「長期入院の子どもへの教育」という課題に対するニーズは、子どもによっても千差万別。社会課題の解決を机上で考えるのではなく、たったひとりでも目の前の人のことを深く知ることで、ぐっとリアルで本質的な方向性が見えてきます。普遍的なインサイトや専門書などでは分からないこと、自分の生活では当たり前になりすぎていることなどを、ユーザーから教えてもらうことが大切だと、強く実感しました。

また、長期入院の子どもというマイノリティな人にフォーカスする中で、結果として遠隔授業という社会全体のニーズにも対応できる可能性のあるアウトプットが生まれました。得的の人たちの社会課題に向き合うことで、それが多くの人に価値をもたらすことに繋がるという可能性も見えてきました。


複雑な社会課題を、やさしい問いへ

みなさんは、世界の社会課題解決への取り組みをどう感じましたか?

社会課題と向き合おうしたとき、あまりに自分の日常と遠いことのように思えて、「私に一体、何ができるだろうか」という無力感に苛まれることもあります。

でも、これらの事例から共通して学べることは、最初から、「社会課題」と捉えなくてもいいということ。身近な出来事や近くにいる誰かの課題のなかに、必ず社会課題が含まれているということ。そして、自分の感じ取った違和感や気付きが、なにより最初の一歩になるのだということ。

そんなふうに視点や焦点をずらしてみることが、最終的に、画期的なアイデアや人々を巻き込んだ変革へと結びついているように感じました。

あなたの気になる社会課題を、あなたなら、どんな問いにリフレームしますか?

「難しい課題」として捉えるのではなく、「やさしい問い」にリフレームしてみることで、はじめの一歩を踏み出せるかもしれません。



参考・出典:
Copen Hill
The New Nordic Food Manifesto
ルクミー(ユニファ株式会社)


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※本記事に掲載されている情報は、2022年12月時点のものです。


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