#はじまりのデザイン | 意志あるWell-beingが実現できる社会へ
私たち、富士通デザインセンターは「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」というミッションを掲げています。そのために、課題を捉え直し問いを立てる「はじまりのデザイン」、問いに対して共にアプローチする「みんなのデザイン」、アウトプットに落とし込む「かたちのデザイン」の3つのデザインを通じ、さまざまな地域や企業に伴走しながら、より良い社会づくりを目指しています。
患者と医師のコミュニケーションギャップを解消
医療技術の進化により、治療の選択肢が増え、ひと昔前と比べれば、その精度も大きく向上している昨今。健康寿命が延び、人生100年時代と言われる中、人々の健康への関心も高まってきてはいますが、それでも普段から自らの体や医療情報について、正しい知識を持っている人はそう多くありません。
そして、いざ病気やケガに見舞われた時、問題になるのが医師と患者の“コミュニケーションギャップ”です。ある病気を患った患者に、医師側が病状や治療の説明を尽くしたつもりでも、知識のない患者からすれば、理解が追いついていなかったり、余計に不安になったり……。こうしたコミュニケーションギャップは、「がん」など生死にかかわる深刻な病気ほど、より大きな問題となって顕在化します。
医師の説明に、患者が十分に理解・納得したうえで、治療方針に合意する。この合意プロセスのことを、「インフォームド・コンセント」と言いますが、どのような治療を受けるかは、患者がどのように生きるかに関わる、重要な選択です。
富士通デザインセンターは、そうした重大な選択の場面におけるコミュニケーションギャップを解消するため、帝京大学 冲永総合研究所 イノベーションラボ教授 杉本真樹医師(医学博士)とともに、XR(※)やメタバースなどのテクノロジーを活用したUX(ユーザーエクスペリエンス)を研究しています。
医師と患者の双方が真に納得でき、患者とその家族が自分らしい生き方をするための医療の在り方とはどのようなものか。本研究の発案者である富士通デザインセンターの宮隆一と杉本教授、そして健康診断でICTを活用したサービスを提供するなど、本研究の実証実験に参画する株式会社ベストライフ・プロモーション代表取締役社長の今井良輔さんにお話を伺いました。
患者目線で医療の在り方を捉えなおすことで見えた
Well-beingの本質
杉本教授と宮の出会いは、2015年のこと。当時、二人が共通して関心を持っていたのは、「VR(仮想現実)」という新しい技術を使って、「人にどのような体験や価値をもたらすことができるか」という点でした。
そんな二人は、とあるイベントで出会い、意気投合。しばらくして、医療現場でのVR活用を社会実装するための取り組みが始まりました。当時の大きなテーマは、「医療従事者が持つ情報を、いかに一般の人に分かりやすく還元するか」。特殊なゴーグルやディスプレイを手術室に持ち込んで、心臓の動きを立体的に可視化する実証実験などを行っていました。しかし、研究着手から約3年後の2018年、さまざまな要因が重なってプロジェクトは一旦終了となりました。
志半ばでプロジェクトが終わってしまい、「非常に心残りがあった」という宮でしたが、その数年後、杉本教授のある取り組みが再び宮の心を突き動かします。
杉本教授を密着取材しテレビ番組で紹介されたその取り組みは、子宮がんで子宮を全摘出したある女性に、VRを使って3年ぶりに自分の子宮に「会いに行く」ことを杉本教授が提案するというものでした。CTデータから3D化した摘出前の子宮をVRで彼女の前に“再現”。その体験によって当時理解しきれなかった病状の深刻さを目の当たりにしただけではなく、自身のアイデンティーをも取り戻したのです。
たとえ身体的な不調は解消していたとしても、一方で複雑な心や気持ちの問題をずっと抱えている人は他にも多くいるはず。このケースのように、”自分と向き合う仮想体験”により、精神的な問題解決に向けた活用方法があるのではないか?
新たな問いを見つけ、再び杉本教授との共同研究をスタートさせたのです。
「限界」からのインフォームド・コンセントにおける視点の変換
共同研究が再始動すると、インフォームド・コンセントにおける医師と患者双方の課題の洗い出しから始めました。杉本教授は、医師側の課題を次のように指摘します。
また、杉本教授のもとでエンジニアを務める末吉巧弥さんも、共同研究に取り組む中で、医療サービスにおける患者視点の欠如に気付かされたと話します。
一方、宮も医師や患者へインタビューなどの調査を重ねる中で、次のような課題が見えてきたと言います。
共同研究が再始動して約3カ月が経った頃、この課題の捉え直しが、インフォームド・コンセントそのものの意味合いを見直すことにもつながりました。
ここで「医療従事者が持つ情報を、いかに一般の人に分かりやすく還元するか」という視点から、「患者側も自ら調べ、情報を整理できる仕組みをいかにつくれるか」という視点の変換が起きたのです。
家族や経験者とともに病気と向き合うための
コミュニケーションツールに
そうして課題を捉え直した上で、「どうすれば患者が時間的な制約や知識差を気にせず、自身の病状を理解し、納得できる治療を選択できるか」を今回のゴールに定め、研究は進められました。
研究では、大きく分けて二つの場面で、新たな体験を「シナリオ」として描きました。一つ目は、病院内で実施されるインフォームド・コンセントの場面。二つ目は、診察後の時間です。
前者では、医師の説明時に患者がXRゴーグルを着用し、臓器などの患部を立体的に見られるようにしました。自分の病気がどこにあるのか、患部がどうなっているかなど、リッチな視覚的情報を得ることによって、病気をより「自分ごと」として捉えられるようになると、杉本教授は言います。
さらに、この研究のポイントは病気が「見える」ようになることだけではないと、宮は語ります。
そこで大切になってくるのが、医師との診察以外の時間。「シナリオ」では、患者が病気や治療法のことを調べる「情報収集」、家族や医師など意思決定関係者と相談する「相互理解」、同じ病気を経験した人の経験談を知る「納得」という3つのフェーズを設けることにしました。
まず、「情報収集」では、メタバース空間などの個人用のスペースで、病気のガイドラインや自分の診断結果などの情報を整理できるようにします。また、分からないことがあれば、生成AI に何度でも質問も可能です。
「相互理解」では、整理した情報を家族にXR空間でシェアしたり、診察時に見た立体映像を家族に見せたりすることができます。家族と情報を共有し、疑問を投げかけ合うことで、一緒に理解を深め、術式や治療法の選択に向けた検討を行うことができます。
最後の「納得」では、メタバース空間で同じ病気を経験した人の罹患から予後までの情報や、その時々の悩みなどを閲覧できます。また、アバターを利用した通話によって、匿名性を維持したまま、悩みを打ち明けたり、相談したりすることも可能です。
さらに、宮はこれらの機能について、こうも話します。
経営にも共通する”Well-being”の課題
どうしたら、病気やそのリスクを“自分ごと”として捉えられるか
今後、本研究では、これらの仕組みを予防医療の領域でも活用することを計画中。まずは、富士通社内で実施される健康診断の会場で、自身の診断結果を3Dで見ることができるなど、 健康診断結果の数値がどのような意味を持つのか、理解や体験できるコンテンツを開発し、トライアル実践します。
この実証実験に協力したのが、富士通のグループ会社で、ICTを活用した健康増進事業などを展開するベストライフ・プロモーション。実証実験で期待することとして、代表取締役社長の今井良輔さんは次のように話します。
近年、企業にとっても従業員の健康が業績に大きく影響していることが指摘されています。
働きつつも健康問題を抱える従業員の業務パフォーマンスの損失コストは、医療費を上回るという報告があり、企業にとっても取り組むべき大きな課題になっています。
自律的なWell-beingを実現できる社会であるために
一方、杉本教授は、本研究の先にさらに大きな医療の未来を思い描いていると言います。
また、宮もこんなビジョンを描きます。
心身が健康な状態を保つということは、社会が健康な状態を保つことに大きく影響を及ぼします。そのために、自律的なWell-beingを実現できる仕組みづくりに向けて、私たちはこれからも、デザインの力を活用し、より良い社会に向けて、アクションを続けていきます。
ACTION NOTE
参考: 「コラボヘルスガイドライン」(厚生労働省)