見出し画像

事業は「理念」を体現する「シーン」 ~地域未来創造企業 きたもっく~


地域から社会課題の解決に取り組む企業にとって、持続可能な事業をつくることは、リソースが潤沢な都心部に比べると、難しいもの。

そんな中、県外や国外からも仲間が集まり、事業を多角化し、伸ばし続けている企業があります。浅間山の麓・群馬県長野原町北軽井沢にある「有限会社きたもっく」です。

キャンプ場「北軽井沢スウィートグラス」や宿泊型ミーティング施設「TAKIVIVA(タキビバ)」などの場づくり事業と地域素材を活用した6次産業化に取り組んでいる同社。キャンプ場のオープン以来、2019年までの25年間、売上は昨年対比を下回ったことがなく、2021年にはグッドデザイン賞金賞を受賞しています。

なぜきたもっくに惹きつけられるお客さんや仲間が後を絶たないのか。その背景には、代表の福嶋誠さんが、事業を始めた30年前から向き合い続ける「人のあり方や働き方はどうあるべきか」という問いがありました。




売上よりも「心地よい場づくり」を


浅間山麓の約3万坪もの広大な敷地に広がる「北軽井沢スウィートグラス」。年間10万人近くが訪れる人気キャンプ場です。夏休み真っ盛りのお盆前に訪れると、計800人以上が収容できる52棟のキャビンやコテージ、100近くのテントサイトは、すべて満室。青々とした森の中に、子どもたちの声が響き渡っていました。

「北軽井沢スウィートグラス」がオープンしたのは、約30年前。福嶋さんは、都心での起業を経て、39歳のころ地元である北軽井沢へ戻ってきました。活火山である浅間山の麓は、樹木がほとんど育たない不毛の地です。実際、福嶋さんが戻ってきた当時、現在キャンプ場となっている場所には、樹木は一切ありませんでした。雨や風も吹きさらしで、ホコリが立つし、日差しもきつい。なぜ、そのような土地でキャンプ場ビジネスを始めたのか。最初は直感だったと福嶋さんは振り返ります。

福嶋:「父が持っていたこの土地を受け継いだ時に、荒涼とした大地に浅間山がドカンとある景色を見て、自然と共存する心地よい空間をつくろうと直感的に思ったんです」

この地に人がとどまり、集まる場所にするため、福嶋さんはゼロから木を植え始めます。しかし、当初はなかなかうまくいきません。プロの植木屋さんに頼んでも1年で枯れ果ててしまう。どうすれば良いのか途方に暮れる中、複数種の樹を同じ場所にまとめて植える「混植」という手段を試します。「当時はやけくそだった」という福嶋さんですが、これが功を奏すことに。それから徐々に木々が育ち始め、キャンプ場は緑豊かになっていきます。

現在は緑あふれるスウィートグラスだが、30年前は福嶋さんが3,000本ほどの木を植えても半数が枯れてしまうほどの不毛の地だった

この経験は、きたもっくの事業の方向性を決める上でも重要なものになったと言います。

福嶋:「木は一本では生きていけない。複数の種が支え合って、生態系の中で位置づけられるから生きていけるんだと気付かされました。それは人も同じだと思ったんです。だから、キャンプ場も一回だけ楽しむレジャー施設ではなく、人と人や人の自然の関係を五感で感じられる場にしたいと思い始めました」

どうすれば、人が心地よいと思えるか。その問いのもと、売上よりもそうした「場づくり」を優先してキャンプ場を整備していきます。もともと、どうやって収益を上げるかは二の次だったそうですが、それでもキャンプ場の拡大に伴い、スタッフや設備が増えれば当然コストがかかります。事業を持続させるためには、一定の売上が必要です。お客さんに何度も足を運んでもらうためにはどうしたら良いか。福嶋さんは、そのヒントをキャンプ場でお客さんが生んだシーンに見出します。

稼働率ナンバーワンを誇るスウィートグラスのシンボル「ツリーハウス・マッシュルーム」

福嶋:「場をつくることは、どのようなシーンを作るかが大事な肝になります。そのためには場の楽しさをどのくらい集められるかが勝負だと考えました。キャンプ場を歩き回り、お客さんがどんな時に『楽しい』と感じるのかをヒアリングして、それをまた体験できるようにしたり、楽しそうにしている様子を写真に撮ってホームページで振り返れるようにしたんです。ここに来れば、あの時の楽しかったシーンをもう一度体験できる、ということを愚直に伝え続けました」

売上の数字を起点に考えるのではなく、「どのようなシーンを作ればまたこの場所に来たいと思うか?」という問いから、事業を考える。一般的な事業の作り方とは逆の発想が、「北軽井沢スウィートグラス」を唯一無二のキャンプ場にしていきました。


事業の多角化は、理念を中心に考える


「自然と人の心地よい関係」を追求し、「北軽井沢スウィートグラス」を伸ばしていきましたが、その考え方に変化が訪れます。きっかけは2004年の浅間山の噴火です。

福嶋:「これまで考えていた『自然との共存』という考え方は生ぬるいものだったと気づきました。むしろ、自然の脅威の中で、どう生きるか、どう働くかを考えるようになっていきました

その考えを深める中で出会ったのが、「ルオム」という言葉です。「ルオム」とは、フィンランド語で「自然に従う生き方」という意味。

2010年以降、「ルオム」の理念を取り込むことで、福嶋さんが捉える自然の範囲が、キャンプ場の自然から浅間山の麓全域に拡大。作りたいという気持ちとともに、手がける事業も多角化していきます。

例えば、所有する約240ヘクタールの地域山林を計画伐採して得た木材を薪や建材、家具材として余すことなく活用する自伐型林業。標高差1000m、11エリアにおよぶ広大な土地に点在する多様な花の蜜を生かした養蜂業など、自然の循環を利用したビジネスを展開していきます。

年間約2000トンもの薪を製造。そのうち半分は自社で使用する循環型ビジネスを繰り広げている。作業場では、外国から就職した人の姿も見られた
自然の循環に欠かせないポリネーションに着目した養蜂業。完全非加熱の無添加生はちみつ「百蜜(ももみつ)」を生産・販売している

目指すべき姿を起点に、事業を多角的に展開する上では、その姿と事業の整合性を考えることが欠かせません。福嶋さんは、「地域主体方法論」という小冊子をつくり、自分たちの立ち位置を見失わないようにしていたといいます。同冊子には、事業コンセプトの根底にある基本的な考え方や発着想の方法などがまとまっています。

2023年に新たに発行された『地域主体方法論 ~「きれいな心」の時代 地域に根差した“新産業”創出に向けたプロセス』。きたもっくの立ち返るべき理念が記されている

この地域主体方法論に基づかないものは、収益となる事業でも、潔く撤退しています。例えば、2020年には収益の柱の一つとして10年にわたって営業していた樹上冒険アトラクションを終了しました。地域主体方法論が完成する前に始めた人気アトラクションでしたが、木にロープや板をくくりつけ、その上を人間が走ったり、跳んだりするため木が傷んでしまったのです。「森と生きる」きたもっくにとって、木を傷つけてしまうことは決して見過ごせない問題でした。

また、中国にキャンプ場をつくりに来てくれないかという誘いがあった時も、福嶋さんは地域主体方法論に立ち返って思いとどまったと言います。

福嶋:「色んなアプローチがあって、中国にはものすごく需要があることも分かっていたけど、『ちょっと待てよ』と思ったんです。『これ、ほんとに俺がやりたいことかな』みたいな。地域主体方法論をもう1回引っ張り出してきて、原点に戻ったんです。もっとやらなくちゃならないことがある、と」

目の前の利益に飛びつくのではなく、原点に立ち返り、「ルオム」に則った事業を行う。結果的にそれが、きたもっくの持続可能な事業につながっていきました


理念のレンズが、既存の価値を再定義する


きたもっくは、2020年に「TAKIVIVA (タキビバ)」という宿泊型ミーティング施設を立ち上げます。屋外ゾーンには、たき火やキャンプファイヤーを囲んで語り合ったり、協働で食事をつくるスペースを設置。屋内ゾーンには、会議スペースや宿泊スペースがあり、企業や団体がビジネス合宿を行うことができます。

キャンプ場は家族再生の場づくりとなっているのに対し、TAKIVIVAは社会に存在するさまざまな組織・集団が、活力を再生するための場づくりとなっている

これまでのキャンプ場や地域内での資源循環を手がけてきた同社が、なぜ企業向けの事業を始めたのか。その背景にも、理念である「ルオム」の存在があります。自然に従い生きる、ということは、自然に働きかけ価値を生み出しながら生きるということ。どう生きるかを考えることが、どう働くかを考えることに直結していると言えます。

循環型事業を展開する中で、福嶋さんは人の働き方はどうあるべきかをずっと考えてきました。そんな中、起こったのがコロナ禍でした。

ソーシャルディスタンスが叫ばれる中で、オンラインでのコミュニケーションが増え、人々の働き方が大きく変わる中で、福嶋さんは「会議」のあり方を捉え直すことが、働き方を変えるきっかけになるのではないかと思い立ちます。

福嶋:「日頃から日本の多くの企業では、会議で本質的なことが一切語られてないと思っていました。コロナ禍となり、企業研修や会議などで貸会議室の利用が増加しているというニュースを見た時に、どこで会議をするかだけを変えても意味がないと思いました。

大事なのは、どう会議をするか。私は、良い会議とは、そこに参加していた個人の熱量を高めるものだと考えています。そのためには、お互いが本音で話す環境と、会議の内容を持ち帰って自分で内省する時間の二つが必要です。集まり、離れる。すなわち「離合」のプロセスが会議の質を左右します」

お互いが本音で話せる仕組みとして注目したのが、「炎の力」です。福嶋さんは、キャンプ場の運営を通して、キャンプファイヤーやたき火を囲い、お客さんたちが打ち解けていくシーンをたくさん目にしてきました。この相対の関係ではない横の関係をつくるたき火の特性を「焚火ディスタンス」と定義。焚き火を囲う体験を、働き方を捉え直し、組織を再生する装置と捉え直したのです。

たき火を囲うことで新たなコミュニケーションを創出する、きたもっくの新しい「場づくり」は、各所から注目を集めました。TAKIVIVAは、企業の研修だけでなく、新商品発表会や結婚式などさまざま場面で利用されています。


「意味ある労働」から「誇りある労働」へ


「ルオム」を起点に、TAKIVIVAをつくり、現代社会の働き方を問う福嶋さんが目下取り組んでいるのが、「意味ある労働」から「誇りある労働」への転換です。

福嶋:『誇りある労働』とは、未来に対して誇れる労働です。『意味ある労働』とは、自分が社会に対して役に立っていると思える労働を指します。なぜ、『誇りある労働』を増やすべきなのかというと、誇りを持てると、その労働に熱量がこもります。すると、社会の活力につながる。金銭的に豊かになるとか、余暇が充実するかということ以上に、一人ひとりが労働に誇りを持てる方が、個人にとっても、社会にとっても良いと私は考えているんです。

ではなぜ、今誇りを持てないのかというと、仕事がジョブ(役割)に分かれていて、時間あたりの生産量で対価が決まるから。対価があるので、労働する意味は感じることができても、自分の役割を決められている。今何をすべきかが求められて、未来の視点がない。だから、誇りも持ちにくいんです」

では、「意味ある労働」から「誇りある労働」ためにはどうすれば良いのか。福嶋さんは、デザインが大きな役割を果たすと力説します。 

福嶋:デザインは見えないものを、みんながはっきり見える、分かるようにするものと考えています。ただ有用であるだけでなく、自分が未来に対して役立っているのだということをデザインは気づかせてくれるんです」

また、福嶋さんは、誇りある労働を持続させるために、自分たちの世代だけで終わらせず、次の世代に引き継いでいくことも重要な課題だと説きます。

福嶋:「大事なのは、自分の蓄積を次の世代に伝えることです。そもそも今自分が蓄積しているものだって、お父さんお母さんや、前の社会の蓄積があってこそ。今を生きている自分が、次の世代に何を残せるかを考えることが大切です」

一見、関連性のない事業を多角的に展開するきたもっくが、事業成長を遂げてきた背景には、「自然に従う生き方」という強固な理念のもと、人の生き方や働き方を問い続け、つど理想の姿に対して、事業というシーンを積み重ねてきたからです。「ルオム」が中心にあるからこそ、それぞれの事業の相互作用を可能にしています。

しかしそれは、最初から意図していたものではなく、福嶋さんの直感から始まり、周りの人を巻き込むことで、徐々に独自の生態系がつくられていきました。変わらない軸を持ち続けながらも、人の思いや、時代の流れを受けてアップデートしていくことが、持続する事業を実現するのです。


※所属・肩書は取材当時のものです


関連リンク:
有限会社きたもっく
北軽井沢スウィートグラス
TAKIVIVA
地域主体方法論