余白のある問いと意志の掛け算が生み出すまちづくりの可能性|千葉県流山市
多くの課題を抱える日本。なかでも、地方の人口減少や少子高齢化は、深刻な課題と言えます。都市部への人口の流入が進む中、多くの自治体では、魅力的で持続可能なまちづくりを目指したユニークな取り組みが活発になっています。
その中でも、今回、編集部がDeepDiveするのは、千葉県流山市。
流山市は、千葉県北西部、都心から25キロメートル圏に位置する自然豊かな住宅文化都市です。日本全体で人口減少が続く中でも、流山市は、全国の市の中で6年連続人口増加率1位と住民が増え続けています。
なぜ、「人口減少」や「高齢化」といった地域が共通して持つ課題を乗り越えることができたのでしょうか?そこには、「住み続けたいと思う、愛される街をつくるにはどうすれば良いか」という問いがありました。
今回は、流山市役所 マーケティング課 課長の河尻 和佳子さんと流山市在住の建築家で、市民主体のイベントにも携わる福井 啓介さんとで、ご自身の体験を通して、「まちづくりの可能性」について、一緒に考えます。
どうすれば”愛されるまち”はつくられるのか
ようこそ、流山市へ!と編集部を出迎えてくれた河尻さん。河尻さんは、大手民間企業で14年間、営業やマーケティングを担当され、現在は基礎自治体初となる「マーケティング課」で課長を務めています。「母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。」というコピーを掲げた広告展開や、母として日々奮闘する女性の自己実現を応援する「そのママでいこうproject」をはじめ、数々のプロモーション施策を打ち出し、流山市のブランディングを担ってきました。
一方の福井さんは、流山生まれ流山育ちで、奥さんと3人の子どもたちと流山市に暮らす建築家。自宅と併設する建築事務所「かまくらスタジオ」で、建築設計や空間デザインを手掛けているほか、流山のまちづくりにも積極的に参加しています。
二人の出会いは、まさに編集部がお二人にお話を伺っている「かまくらスタジオ」。河尻さんがたまたま通勤途中に福井さんが事務所の1階を開放して運営するカフェ(※)を見つけたことがきっかけでした。「自分が大好きなコーヒーを入れて楽しむついでに、周りのみんなにもコーヒーを一緒に入れていたら、“カフェのようなもの”になっていった」という福井さんの考え方は、特定の目的のための場所をデザインしているのではなく、まるで「人が集まる」ことをデザインしているよう。
河尻:「ごはんをたくさん作ってシェアしていくうちに“食堂のようなもの”になったり、感想を言い合えて楽しいからみんなと映画を見ているうちに“映画館のようなもの”になったり。そういう感覚がすごくいいなと思うんです」
そのような福井さんの考え方に、河尻さんはとても感銘を受けたと言います。この考え方こそが、人と人をつないでいくという点で、まちづくりにも大きなヒントになっていきます。
流山市は、2005年のつくばエクスプレス(TX)開通以降、人口増加が続き、市内人口21万人を突破するなど今や国内外から注目を集める自治体となりました。また、流山の市民に実施した「まちづくり達成度アンケート」では、91%もの市民が、これからも流山市に住み続けたいと回答したそう。
しかし、「いずれは他の多くのニュータウン同様、高齢化や人口減少といった問題に直面し、衰退していってしまうのではないか」という危機感を持っていると福井さんは言います。一方の河尻さんも「市民がみんな、ただ行政のサービスを受けるだけの“お客さん”になってしまうと、街は多分もたない」と続けます。
こうした状況の中で、流山市が掲げたキャッチフレーズが、「住み続ける価値の高いまち」。さらに、そこから「価値」とは何なのか?市民に愛され続ける街をつくるためには何が必要なのか?を問い続けた結果が、流山市の「市民との共創」というアプローチにつながっていきます。その核となったのは、行政が一方的にソリューションを提供するのではなく、市民の誰もが主体性を持ってアクションを起こしたいと思ったときに、それを言ったり仲間を見つけたりできる場をつくることでした。
そもそもの課題を捉え違えていないか
河尻さんがそうした「市民との共創」という考えに至ったきっかけの一つが、大手民間企業から自治体の職員に転身したことでの自身の気付きでした。
河尻:「大手企業にいた私には、無意識のうちに“強者の理論”が根付いていました。例えば、貧困について。自分自身はそれまである程度頑張ってきた結果、食べるのに困らない生活ができるようになったこともあって、頑張れば貧困も抜け出せるんじゃないか、という考えが心のどこかにありました。だけどこの仕事に従事して多くの人に話を聞くうちに、当たり前だけど改めて多様だなと痛感したんです。貧困は世代間の連鎖があり、その人だけで解決できるものではない。誰もが貧困に陥る可能性があるし、私だって同じだ、と」
市民一人一人の声を聞くことで、大企業にいるときには気付かなかった自身の中にある思い込みや偏りに気付き、社会課題の捉え方が変わっていきました。そしてその変化が、「行政と市民の間の“ずれ”が生じてしまうのは、思い込みから、そもそもの課題を捉え違えてしまうからではないか?」という新たな気付きにつながっていったのです。
こうした経験から、「自治体で勝手に落としどころを決めない」「市民を誘導しない」ということを強く意識するようになった河尻さん。「母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。」のキャッチコピーも、「子育て世帯にとって暮らしやすい街にしたい」という思いを込めつつも、理想の母親像・父親像を決めつけず、あえて「子育てするなら」のフレーズは選ばなかったといいます。
そうした市民の声に耳を傾け、型にはまった答えに誘導しない流山市の姿勢を、福井さんはポジティブに受け止めています。
福井:「これまで他の街に住んだこともありますが、流山は“最終的にこういう方向に持って行こう”という誘導がないから、思わぬ方向に転がっていくことがあるのが魅力です。イベントをやっても予定調和な結果にならないし、すごくポテンシャルがある面白い街だなと思います」
自らの意志だけが、自分たちの街を良くする
さらに、福井さんも所属する流山市の公式オンラインコミュニティ「Nの研究室」では、市民が主体となり、地域の課題や実現したいことを共有し、さまざまなアクションを起こしています。
そのうちの一つが、参加型インスタレーションの「風船の森」。福井さんを中心として、かまくらスタジオがプロデュースし、事前準備や会場の設営には「Nの研究室」の有志メンバーが加わり、つくり上げたものです。15メートル四方の“風船の屋根”から150本のヒモを垂らし、そこに実際の森で拾った落ち葉や木の実、つる、綿毛などを飾り付けて、 人工物と自然物が融合する“森”をTX流山おおたかの森駅前の広場に作り出すというイベントです。
突如、現れた風船に、びっくりして立ち止まる人。嬉しそうに見上げる人。
そして、瞬く間に遊び始める子どもたち。
風船がそこにあるだけで、自由に思い思いの楽しみ方をし始め、あっという間に駅前の広場は、人が集まりにぎやかな雰囲気に包まれていくのでした。
そして、今年新たに取り組んだ、”カブトムシを育てる家庭と農家とをつなぐプロジェクト” も、福井さんたちが主体となって実施したユニークなイベントです。まず、各家庭で生ごみから堆肥を作り、それを餌にしてカブトムシの幼虫を育てます。その幼虫の糞は、野菜を作るための肥料として、農家に提供。その後、カブトムシを育てた家庭が、お礼として野菜をもらうという仕組みです。幼虫は、元々農家が有している堆肥のプラントから捕れたもので、家庭と農家の循環で品質の高い野菜をつくることができるのです。しかも、幼虫が成虫になった暁には、カブトムシを見たいという人が集まって、市民同士の交流の輪が広がっていくのです。
風船の森やカブトムシのプロジェクトに共通しているのは、参加型であること。プロセスに多くの市民を巻き込むことが大きな意味を持つのです。とくに、風船の森は、完成形を予想しづらいアート的な要素が強いイベントで集客力は未知数でしたが、そのプロセスに「大きな価値があった」と河尻さんは振り返ります。
福井さんたちがイベント前夜、会場にたくさんの風船を運んでいる時のこと。その様子を見ていた市民から、「何をやっているんですか」「何のためにやっているんですか」と興味をもって聞かれることも多く、中には、搬入を手伝ってくれる市民までいたそう。準備の段階からすでに、市民とのコミュニケーションが生まれていることが大事だったといいます。
福井:「“違和感”はアートの醍醐味。ちょっとした衝撃を起こして、社会に訴えかけ、自分ごとにするきっかけをつくることができます」
河尻:「ただ人を集めて楽しかったね、で終わってしまうイベントだったら、商業施設で人気キャラクターを呼んでやればいいわけで。行政がイベントをやる意義は、『この街に住んで良かったな』とか『参加したことで街を身近に感じる』とか思ってもらうことなので、福井さんたちが参加型にこだわってくださったのは、本当に良かったと思います」
風船の森は結果的に大盛況に終わりましたが、こういったイベント参加のモチベーションが高くない人が多数存在するのも事実。プロジェクトやイベントに参画するかどうかは個人の自由です。福井さんのように、「子どもたちに面白い体験をさせてあげたい」と徹夜でイベントの準備をするような熱量の高い人もいれば、街のためにそこまでリソースを割くことはできないという人もたくさんいます。実際、河尻さんは着任直後、市民のボランティア精神に頼りすぎた結果、「無償でやれることには限界がある」と言われた失敗談があります。
河尻:「はっきりとそう言われたことによって初めて、お互いがWin-Winになるような仕組みづくりの大切さに気付かされました」
また、仕事である以上、メディアへの露出や集客といった、結果はきちんと出す必要があります。周囲からの理解を得ながら、市民が主体となって行うまちづくりを持続可能なものにするために、「見えないもの」を意識的に見える化していくことは欠かせません。しかし、すでに予想できる未来は、延長線上の未来でしかなく、それを超えていくためには「見えないもの」を、どれだけ面白がれるかどうかも同時に大切だと言います。短期的な結果を出しつつ、中長期的な目標に向かって「プロセスを大切にしていく」というやり方は、福井さんをはじめとした、多くの市民との協働を通して獲得したものでもありました。
河尻:「最初はプロセスみたいなものは正直すっ飛ばしても、結果だけ出ればいいと思ってやってきたんですけど、プロセスにいろんな人が関わっていないと、結局広がっていかないことに気付きました。その時限りの結果だけ求めるなら一人でやるほうが楽だけど、みんなでプロセスをつくりあげていくと、予想もしなかったくらい遥か遠くへ行けるんです」
それが実現できるのは、市民側も「行政に任せきり」というスタンスではなく、一人一人の意志と行動があってこそ。大きな課題を解決するためには、行政と市民双方の力が必要だと福井さんは語ります。
福井:「まちづくりは、仕事でやっているのではない僕たち市民が、いかに楽しめるかということが重要です。自分たちの街をより良くするためにはどうすればいいか、自らの頭で考える人がいなくなれば、課題は進んでいく一方です。子どもたちにしわ寄せが行かないように社会を変えていくことは、世界的にも解決が難しい問題ですが、流山は今まさに、問われているのだと思います」
”あなたとわたしでつくる社会”とは
最後に、「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」のミッションステートメントを掲げる富士通デザインセンターから、河尻さんと福井さんにとって、”あなたとわたしでつくる社会” とはどんなものか、伺いました。
河尻:「“あなた”との距離が遠いと、一緒に課題解決はできません。まずは一人一人が、家族や友人のような “半径50メートル以内”の人を幸せにすることからは始めること。その円が重なり合っていくことで、どんどん大きくなっていったらいいなと思います」
福井:「“あなたとわたしでつくる社会”をよりよいものにしていくためには、共感を軸にした活動が肝になってくると思います。やっぱり自分が本当に思っていることややりたいことじゃないと、いくら他の人にやろうよと言われても全然動かないし、意味のある、芯がある活動はできないですよね」
市民がまちづくりを楽しんでいるからこそ、立場を超えた共創を実現している流山市。そして、流山市が常に見ようとしているのは、社会・地域といった単位よりも、もっと解像度の高い市民一人一人。余白のある問いを市民と共有することで市民の参加を促し、持続可能なまちづくりを推進しているのです。そしてなにより、街が変化していく過程に参加する体験によって、市民一人一人が主役となることで、さらにまちづくりは大きな意味を持ちます。市民と共に新しい価値を目指したからこそ、人口減少や高齢化といった地域課題を、ポジティブな未来に変えていけるのです。
※所属・肩書は取材当時のものです
DESIGN SPECTACLES編集部
インタビュー・構成:渡邊 ちはる
企画:渡邊 ちはる・宮 隆一
グラフィック:堀内 美緒
TEXT:松本玲子・株式会社エクスライト
Photo:宮 隆一