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【ケーススタディ】みんなでつくる「私たちの」公共サービス

企業だけではなく、政府や自治体のつくるサービスの中にもデザインを取り入れる動きが活発になってきています。
 
たとえば、2018年3月に内閣官房より行政機関向けの参考書「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)」が刊行。同年5月には経済産業省と特許庁から政策提言「デザイン経営宣言」が発表されました。2021年9月に発足した「デジタル庁」が同年12月から提供をはじめた「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」は、デザインの視点が活かされた好例です。
 
サービスが使われ続けるためには、利用者や住民の生の声が生かされることが欠かせません。
しかし、そうした共創の事例はまだまだ多くないのが実態でしょう。
 

どうすれば、住民と公共機関が共創・デザインしたサービスづくりができるのでしょうか。3つの国内での先行事例から、考えてみたいと思います。




Case Study 1

施策事業をデザイン視点で磨き上げる「さがデザイン」(佐賀県)

これまでの公共事業は、すべての利用者にとって有益であることが求められ、さまざまな部署とのコンセンサスや、市民や専門家などと協議しつつ進めていく必要がありました。

しかし、そのような協議のプロセスゆえに、時に利用者目線の斬新なアイデアが丸くなり、本来解くべき課題にアプローチできないことも数多くあります。

そこで佐賀県庁は、クリエーターが行政の政策立案の初動から実行まで一貫して関わり続け、住民にとって価値の高いサービスを担保する「さがデザイン」プロジェクトを発足しました。プロジェクトのテーマは、「デザインで佐賀を変える、仕組みを考える」。「さがデザイン担当」という専門部署が、様々なプロジェクトや部署を横断的に繋げる役割を担っています。

さらに、アイデアを外部のクリエーターから提案できる「勝手にプレゼンFES 」という全国的にも珍しい取組を実施しています。

これは、佐賀に縁のあるクリエイターが、知事や県職員に対して、「佐賀でこんなことができたら面白い!」というアイデアを5分間でプレゼンをするもの。

実際に、

などの新しい事業が生まれています。

※江戸時代中期に佐賀藩が藩士の子弟の教育のために設立した藩校(学校)「弘道館」に由来





従来型の行政では生まれてこないクリエイティブはアイデアを取り入れ、事業スキームを通して「コンセプトを大切にする」ことを実現させたのが、「さがデザイン」という思想であり、仕組みだったのではないでしょうか。

 

Case Study 2

住民がファンとなり、共に成長していく街づくり(千葉県流山市)

流山市は6年連続人口増加率が市の中で全国一位。他地域からの転入超過も2016年から続いており、全国の自治体から注目されています。この流れをつくっているのが、「母になるなら、流山市。」「父になるなら、流山市。」、「都心から一番近い森のまち」のキャッチコピーに代表される市の魅力をPRする活動です。
しかし、外から呼び込んだ市民が住み続けたいと思えなければ人口増加は一時的なものとなってしまいます。

市民が住み続けたいと思えるくらしの要素「住む」「働く」「楽しむ」が満たされることによって高い価値を創出し、愛着や共感のあるまちづくりを地道に活動していった結果であることを押さえておく必要があります。

令和3年4月に流山市から発行された「流山ブランディングプラン」冒頭にある市長メッセージの結びには以下のように書かれています。

「ただ、ブランディングは行政だけではなく、流山市民の皆さまや、流山市に可能性を感じ本気で関与してくださる企業や団体の方々と一緒に創っていくものです。試行錯誤しながら自治体マーケティングをつくりあげてきた流山市だからこそできる、まだ見ぬ流山市のブランディングをカタチにして参ります。」

実際に市民がどのように自分たちのまちづくりにどう関わっているのか。

その一例が、市の運営するオンラインコミュニティ「Nの研究室 」です。ここには、市民が流山市をよりよくなるアイデアの提案を行ったり、活動の仲間を募ったり、応援したりできるプラットフォームが存在します。運営自体は市が行い、活動は市民一人ひとりの意志に任せることで、市民がまちづくりに主体的に関わりやすくなっています。

市民の一人が発案し2023年4月8日に開催されたごみ拾いをイベント化した「流山クリーン活動大作戦」では、そこに賛同する市民や店舗が多数協力し、その参加申込者は200名を超えました。さらに8月5日に開催された第2回でも参加者は同様に200名を超え、夏ということもあり公園で参加者同士が水鉄砲の水をかけ合った一幕もあり楽しみのあるイベントとして定着しつつあります。すでに12月に第3回が企画され活動はどんどん発展しています。
まさに自分たちの住み続ける街を自分たちの手でよりよくして価値を高めていこうというイベントが実現しています。

初回の流山クリーン活動大作戦の様子



人口増加率全国一位の裏側には、市民の主体性を第一に考え、行政はサポートに回る、という、共創のスタンスがあったと言えるでしょう

 

Case Study 3

ユニークだからみんなが使ってみたくなる「墨田区ごみ分別案内チャットボット」(東京都墨田区)

墨田区では、2018年からごみ分別の方法を案内する、人工知能(AI)を活用した自動会話プログラム「チャットボット」を提供しています。
 
日本語はもちろん、英語または中国語(簡体字)でもごみの分別に対する質問を24時間受付けています。

可愛いねこのキャラクター「すみにゃーる」が答えてくれます

話題を呼んでいるのが、「上司」、「思い出」など、ごみ以外の単語を入れても、「嫌な上司に何かを期待するのはやめたらどうかな。そう、期待を捨てる」、「心の中にしまっておくニャン!」と、ユーモアのある答えが返ってくること。

サービスの立ち上げから、3,000~4,000語の質問に対応し、現在も毎月のようにアップデートされ続けているそうです。


きっかけは、ごみの分別が分かりづらく、午前8時30分から午後5時15分の開庁時間に問い合わせをすることができない住民も多かったこと。また、区にとっても、数多くの問い合わせに対応することは業務の負担になっていました。

実は、ごみの分別案内チャットボットで業務負担を軽減するアプローチ自体は、他の自治体でいくつか前例があります。墨田区の取り組みが秀逸なのは、このチャットボットを身近に感じ、関心を持ってみんなに使ってもらうためのデザインがしっかり練りこまれている点です。

 その結果、ユニークな回答を得られることが話題となり、2022年7月のアクセス数は、区民27万人に対し3万3,000件以上になりました。業務の負担となっていた電話での問い合わせが4割近く減るなど、墨田区が抱えていた課題の解決にもなっています。





優れた仕組みを整備するだけではなく、みんなで利用してみたくなるサービスとは何かを考えて形になったのが、ごみ分別の質問という枠を超えて、ユニークな返しをしてくれるチャットボットでした。

 

 行政サービスを、みんなで作る社会を当たり前に

ここで紹介をしたサービスは、どれも生活者との距離が近く、みんなが参加できる余白をうまくデザインしているのではないでしょうか。

今起きている課題の安易な対処療法ではなく、そもそもの本質的な課題は何か、何を解決すべきか、どういう解決がみんなの為に効果的であるのか、あるべき姿を住民と自治体がひざを突き合わせて考えてみる。

そうすれば、私たちの公共行政サービスは、少しずつ増えていくのかもしれません。

 

参考・出典:
サービスデザイン実践ガイドブック(β版)
デザイン経営宣言
新型コロナワクチン接種証明書アプリ
さがデザイン
流山市ブランディングプラン
墨田区ごみ分別案内チャットボット


※本記事に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。
※本記事に掲載されている情報は、2023年9月時点のものです。