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社会課題解決の技術開発に取り組むとは

デザイナーが海洋生分解性プラスチックの研究者に聞いてみた 後編

海洋生分解性プラスチックの研究に取り組む群馬大学の粕谷健一教授を訪ねて、海ゴミ問題の現状と解決の難しさについて、前編では研究者視点伺いました。

後編は、横田が考える「デザインアプローチの8つのステップ」や、デザインと研究に共通するアプローチなどについて、粕谷教授に伺っていきます。社会課題解決を目指す研究に、はたしてデザインはどのように生かせるのでしょうか。


※本記事に記載されている会社名、商品名は、各社の商標または登録商標です。本サイトに記載されているシステム名、製品名などには必ずしも商標表示(TM,®)を付記していません。

研究者もデザイン思考を取り入れている

横田 私は、事業会社のインハウスデザイナーですが、製品を売って利益を上げ続けるためにも、資源の枯渇や環境汚染などの社会課題の解決に、インハウスデザイナーも積極的に取り組む必要があると考えています。デザインアドボケートとして、社会課題に取り組むための「デザインアプローチの8つのステップ」という仮説を立てています。

社会課題に対するデザインアプローチ デザインアドボケートの横田の仮説

STEP1「探索と理解」ステークホルダーと外的・内的環境を探索して、問題への理解を深める
STEP2「仮説」探索した内容を分析し、解決に必要な仮説を立てる
STEP3「共感」問題仮説を共有し、解決を目指す仲間から共感を得る
STEP4「課題定義」共感と支持を得たメンバーと取り組むべき課題を定義する
STEP5「アイデア出し」課題の解決アイデアを仮説に基づいて出す
STEP6「プロトタイプ」短期間で効率的に解決アイデアを試すための試作品を作る
STEP7「テスト」プロトタイプを試すことで社会実装するときの解決の角度を高める
(※STEP2~7は何度も行き来する)
STEP8「アジャスト」解決アイデアを市場や環境に適応させる

粕谷 このフローは、デザイン思考のプロセスとも共通点がありますね。実は、我々も、研究にデザイン思考を取り入れてるんですよ。具体的には、プロジェクトを始めるにあたって、まず、エキスパートへのインタビューから始まり、そこから得られた洞察を何かに結びつけるというものです。それがまさしくイノベーションの定石のスタイルなんですよね。今回も私たちのチームには、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋専門家が新たに参加してくれました。その後、コンセプトを実証して、最終的に、社会実装に近づけるというプロセスです。
 
横田 デザイン思考は研究ととても相性が良さそうです! ただ、研究のサイクルはとても長そうですね…。

深海の環境を水槽内に再現するための装置です

粕谷 そうです、研究の場合は1回転が大回りになります。モデルづくりの段階が特に難しくて、そこで1、2年かかることもあります。その後のコンセプト実証も、時間がかかりますね。だからこそ、コンセプトが共感を得られるかどうかが重要になるんです。
 
横田 共感を得る対象は学会になるのでしょうか?
 
粕谷 コンセプトの段階ではそうですが、一般の人向けのこともありますね。ただ、専門家の方々がおもしろいと思うようなものじゃないと、一般にもウケないです。
反して、最終的なアウトプットについては、一般の人と専門家が好むものは異なります。一般の人には技術が革新的かどうかはあまり重要ではないんですよ。例えば、iPhoneも仕組みが面白かったわけでそこが評価されました。一方で、専門家は技術の革新性を求めてしまうものです。アウトプットにおいては、新しい技術にこだわりすぎると広く共感を得られません

装置を楽しそうに説明してくださる粕谷教授

デザイナーが描くビジョンを研究に取り入れる

横田 最近、デザイナーの間でスペキュラティブデザインというアプローチが注目されています。例えば、「空飛ぶ車があったらどんな問題が起きるだろう?」といった、将来的に起こりそう問題について考えるというアプローチです。空飛ぶ車が事故を起こしたら大変なので、起こさないような仕組みをあらかじめ検討しておこうといった考え方をします。
 
粕谷 それは、科学の分野でバックキャストと言われる方法に似ていますね。例えば、ムーンショット型研究開発制度の環境テーマに、「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環実現(※)」というターゲットがあります。そこを目標として、実現するためにはどんな技術が必要かという考え方でプロジェクトの設計をしています。バックキャストで考える際には、専門家の意見が重要です

※参考
ムーンショット目標4 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現(内閣府). 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub4.html .(参照 2023-07-07)

横田 そうした場面で、デザイナーがより積極的に参画できると良いと思ってます! デザイナーは、社会課題や技術の専門家ではありませんが、さまざまなステークホルダーの意見を統合しながら、「どのような未来が理想的か」を考えることは得意だと思います。そこで、デザイナーの視点をもっと研究などに活用できれば、社会全体がより良くなることにつながるかもと考えてます。
 
粕谷 そうですね。科学者にとっても、ビジョンは重要です。さらに、頭の中で考えるだけではなく、みんなで共有できるように描き出すことが求められます。
政策といったポリシーを整えることも、生分解性プラスチックなどの技術を広めるには必要なんですよ。研究と制度設計を同時に進めておかなければ、世に広めていくのは難しいんです。

横田 研究者の方のお話を聞きつつ、行政の方のお話を聞きつつ、生活者のお話を聞きつつ…。それらをすべて踏まえたうえで、「こういった政策はどうでしょうか!」とアイデアを一緒に出すところにデザインの力を役立てそうな気がしました!

研究者の考えるプロセスとデザイナーの考えるプロセスの共通するところ、
異なるところをディスカッションできてとても盛り上がりました!

社会全体の本気度が変わってきた

横田 最後に、粕谷先生が企業の人たちや生活者に期待することは何ですか?
 
粕谷 20年前とは全く違っていて、ヨーロッパから来るサーキュラーエコノミー(循環経済)のような新しい流れが出てきたり、ESG投資(環境Environment・社会Society・ガバナンスGovernanceへの投資)という新しい動きが出てきたりと、社会全体の雰囲気が大きく変わって社会全体の環境問題に対する真剣度合いも変わってきました

循環経済(サーキュラーエコノミー)とは、従来の3Rの取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動であり、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指すものです。

令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(環境省). 環境省. https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r03/html/hj21010202.html
.(参照 2023-08-10)

横田 なるほど…。以前、弊社のデザインセンター長と日本らしさとは何かと話していました。私はヨーロッパともまた違う日本らしさも合わせたサーキュラーデザインができればいいなと考えています。
 
粕谷 日本は明治維新でうまく西欧化したかもしれないんですが、実はスピリットはあんまり変わってないんですよ。古くからのモノを大事にすることは素晴らしいことだと思う。ただ、取り入れて真似できても新しいモノを生み出すのは難しい文化性なのかもしれません。

横田 例えば、フィンランドの文化であるサウナが日本で「整う」という言葉が生まれるように異国の文化が独自の進化を遂げていますよね。0から生み出すのは苦手だけど、職人気質で磨いていくのが日本の特性、らしさのヒントなのかもしれませんね!
 
粕谷 我々も、研究者や企業人ではありますが、消費者でもあります。消費者がちゃんと認識してモノを使って、モノを買う環境にポジティブな影響を与えるモノを使う社会が訪れればいいなと思っています

日本らしさについて粕谷教授の考えをお話しいただきました

まとめ

研究者の粕谷教授と話した横田の3つの気づき

気づき1:社会課題は複雑で取り組む方法もいくつもある
気づき2:研究の現場でもデザイン思考が取り入れられている
気づき3:古いものを大事にするという日本の文化性は海ごみ問題の解決につながりそう

気づき1:個人の想いから社会課題に取り組むことの重要性

粕谷教授も個人の想いを出発点として、生分解性プラスチックの研究をはじめ、現在の海洋生分解性プラスチックの研究をやられていることが分かりました。前回取材した海ごみを拾う活動をしている渡邊さんも個人の想いから行っています。
社会課題は複雑ですぐに解決できないからこそ、色々な方法で取り組み続ける必要があると思います。粕谷教授も正解が分かるのは100年後とおっしゃっていました。取り組みを続けていく、そのためにも個人の想いという動力源が重要になると気づきました。

気づき2:研究の現場でもデザイン思考が取り入れられている

今回、一番驚いたこととして、10年くらい前から研究現場にデザイン思考が取り入れられていることです。粕谷教授は大学でもデザイン思考のプロを招いた授業を開講されているとのことでした。
先生の研究の進め方もやはりデザインアプローチと重なるところが多く、横田の8つのステップに当てはめてみました。

海洋生分解性プラスチックの研究に取り組む粕谷教授のアプローチ

お話を伺って特徴的だったのは、STEP3の共感で、記事前半部分にもありましたが、専門家は技術の革新性を求めるとのことでした。粕谷教授の研究は基礎研究の段階であるので、共感の対象は専門家や学会になりますが、これが製品に使われるといった生活に普及する段階になると共感の対象は生活者になります。社会課題解決の取り組みの段階によって、共感をしてもらいたい相手やその方向性が変わることに気づきました
また、これまで個人的に、研究は決められた手順に基づいて実験を行っていくイメージを持っていましたが、STEP5のアイデア出しで、「海に入れた瞬間に分解される」「付着する微生物によって分解される」等、思っていたよりも大胆な発想をして実験されていることに驚きました。

気づき3:古いものを大事にするという日本の文化性は海ごみ問題の解決につながりそう

デザインアドボケートの第一回の記事でも社会課題解決における日本らしさについてディスカッションを行いました。今回、研究者である粕谷教授とデザイナーの横田でこのテーマについて話せたのが楽しかったです。
話す中で粕谷教授が、自分たちは研究者である一方、消費者でもあり、環境問題に意識を向けて消費活動を行っていく必要があるとおっしゃっていたのが印象的でした。また、古いものを大事にする文化性が日本にあるというお話から、先生の研究が将来、私たちの身の回りの製品に使われるようになったとしても、ものを大事に使っていくことが海ごみのプラスチック問題に対する日本らしい取り組み方法なのではないかと私は思いました。

さいごに

今回、粕谷教授を取材する中で、新しい技術を用いた解決策を社会課題に取り入れるためには、規制や制度も併せて考えていく必要があるというお話がありました。ステークホルダーから話を聞き、まとめるというデザインの力を、このあたりにも役立てることができるのではないかと粕谷教授と話をしました。
そこで、次回は「日本の行政にデザインアプローチを取り入れ、人に寄り添うやさしい政策を実現」することをミッションに掲げ、政策づくりにデザインアプローチを用いる活動をしているJAPAN+Dさんにお話を聞きに行きます。

JAPAN+DのDマーク!


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