見出し画像

ISSUE Carbon Neutrality |人類学から見た気候変動とテクノロジー

 経営意識の中に環境意識が取り込まれ、多くの企業がCO2排出量の削減などに力を入れています。AIを活用した気候変動予測やIoTを活用した省エネルギー化など、デジタルテクノロジーを活用してそれらの問題を解決しようとする企業は多いものの、気候変動は複雑かつ巨大な問題だけに、その全体像が捉えづらく、企業にとって何が解くべき「本質的な課題」なのかを見極めることが難しいのが現状です。 

気候変動対策の必要性を理解していても、そもそも何が課題なのか、なぜ課題解決に取り組まなければならないのかを明確に語ることができるビジネスパーソンはどれほどいるでしょうか?

DESIGN SPECTACLES編集部は、改めて人間の活動から気候変動を捉えるため、テクノロジーと社会の関係性を研究する人類学者・森田敦郎教授のもとを訪れました。大阪大学吹田キャンパスでの対話では、気候変動のリスク、企業やデザインが果たすべき役割、トランジション(社会の変化、転換)の定義など、人類学の視点からさまざまな興味深い話を伺いました。



過去と未来の視点から新たなアプローチを探るデザイン人類学

――森田先生は、人類学の中でも比較的新しい研究領域である「デザイン人類学」の視点から気候変動を研究されているそうですね。まずはデザイン人類学がどんな学問か教えていただけますか。

デザイン人類学は、デザインと人類学を組み合わせた学問分野です。人類学は、フィールドワークなどの手法で、その地域に根づく文化や社会の仕組み、すなわち「過去」や「現在」を記述・記録しながら「生物的、社会的存在としてのヒト」を総合的に研究するボトムアップの学問です。一方デザインは、より良い状態を目指して、現実に介入し、作り変えていく「未来志向性」のあるもの。ある意味、対立するところのある二つを融合し、新しい製品やサービス、慣習、社会の構造を開発していこうという研究領域です。

――森田先生は、どうしてデザイン人類学、そして気候変動に関心を持つようになったのでしょうか?

元々は、デザインに縁がなく、人類学者としてものづくりの研究をしていました。町工場の多い東京の城南エリア出身で、小さい頃からものづくりや機械への関心が高かったこともあり、テクノロジーと社会の関係を研究するようになりました。最初の頃は、治水システムなど、インフラストラクチャー(インフラ)の研究をしていたのですが、インフラは人々の生活を豊かにする一方で、環境破壊につながっている。また、ものをつくるということは捨てることでもあります。そういう観点から、次第に「環境破壊を何とかしなければならない」という思いを抱くようになりました。

9月中旬にも関わらず34℃の真夏日となった某日、大阪大学の森田先生のもとを訪れた

――そこからデザインとの関わりは、どのように生まれていったのですか?

慶應義塾大学の田中浩也さんや、京都工芸繊維大学の津田和俊さんなど、デザイン分野の第一人者であり、日本におけるメイカームーブメント(※1)やファブラボ(※2)を推進する方々とつながりができたことが、デザイン人類学へとシフトするきっかけでした。当時、彼らが取り組んでいた「ファブシティプロジェクト」は、地域資源を使ってテクノロジーを地産地消にすることで、インフラをもっとローカライズして、地球環境へのインパクトを小さくしていこうというもの。まさに、僕がこれまでやってきた「ものづくり」と「インフラストラクチャー」の二つを掛け合わせるような取り組みだと感じ、そこからデザイン関係の方々と一緒に調査や活動を行うようになったのです。具体的には、デザインの視点も交えながら、生活の中のインフラやエネルギー消費が、環境負荷とどう関わっているのかというのを調査していますね。

※1 3DプリンターやCADの普及により、フィギュア、楽器、IoT機器、家具などさまざまなものづくりを個人で行う人々(メイカーズ)が現れ始めた一連のムーブメントのこと。
※2 デジタルからアナログまで多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク。

どうしたら気候変動の課題に手触りを感じられる?

――気候変動はさまざまな側面がある地球規模の大きな問題で、どこから手を付けていいのか分からないという悩みがあります。森田先生は、喫緊の課題はなんだと考えますか?

やはりCO2の排出削減だと思います。世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑えようとする「1.5℃目標」を達成するためには、今すぐCO2の排出削減に向けて動かなければなりませんが、日本ではその重要性があまり生活者に伝わっていないと感じます。あらゆるデータからもその緊急性は明らかです。まずは、CO2排出削減において、日本が先進国の中でかなり遅れを取っているという認識を持つことが必要でしょう。

世界の気温上昇を2℃未満に抑えるために必要なCO2削減量

――いま日本では、さまざまな企業がCO2排出削減の数値目標を掲げていますが、そういったアプローチはやはり有効なのですね。

まずはCO2をいかに減らしていくかということがすごく大事です。企業においてCO2排出量はよくモニターされていて、信頼性が高い数値。数値目標が全てではありませんが、一つのアプローチとしては重要でしょう。

――日本でCO2削減が進まないのは、どうしてなのでしょうか?

複合的な理由がありますが、一つはヨーロッパなどの先進国に比べると、日本は政府主導の取り組みが弱いことが挙げられます。加えて、自治体にもお金がない。だからこそ、企業自らがモチベーションを上げていかなければならない状況になっています。
 
また、個人に目を向けると、生物多様性などの環境問題に興味がある人でも、CO2削減や気候変動には関心が薄いということが、研究の中で分かってきました。例えば、究極的には車社会の問題があるので、移動手段を電車や自転車にするなど、自分たちが生活を変えることで、できることというのはいっぱいあるんですけどね。

――お話を伺っている今日も9月の中旬なのに、大阪は34℃と季節外れの真夏日です。気候変動を肌で感じてはいますが、それが自分の生活とつながっているという想像力はまだ足りていないのかもしれませんね。一方、企業が事業と結び付けて脱炭素に取り組もうとすると、手触り感を感じることがなかなか難しいようにも感じます。企業はどんなアプローチができるのでしょうか?

自動車や鉄鋼など日本が誇るレガシー産業は、CO2削減がなかなか難しいという課題もあるのですが、一方でエネルギーシステムが全面的に変われば、新しいイノベーションも必ず生まれるはずです。
 
例えば、企業が自社の工場などでマイクログリッド(※3)を構築して、再生可能エネルギーを使っていくということは、かなり重要だと言われています。電力システムの在り方には、さまざまな論争がありますが、いずれにせよ新しいエネルギー調達の道を開くことは、社会にとっても、企業にとっても不可欠。企業の実験の中から新しい技術が生まれてきて、それが自治体などに広まっていく可能性も大いにあると思います。

※3 一定の地域に小規模な発電施設を作り、大規模発電所に頼らないエネルギーの「地産地消」を行う仕組み。

トランジションにつながる「デザイン」の可能性

――ここからは、富士通が先日公開したリサーチレポートを軸にお話を伺っていきたいと思います。私たちは「世界をより持続可能にしていく」ためのトランジションを実現するために、そのヒントになりそうな仮説を「SUSTAINABILITY TRANSITION BY DESIGN」と題したレポートにまとめました。
 
その中で立てた一つの仮説が、「経済性を最優先にした既存の社会システムでは限界を迎えているのではないか?」というものです。森田先生から見て、持続可能な社会を実現するためには、既存の社会システムにどのような変化が必要だとお考えでしょうか?

富士通が作成したレポートで立てた仮説をもとに、森田先生の意見を伺った

トランジションを実現したい、社会課題を解決したいという思いは大事ですが、問題を抱えている「社会」を抽象的に捉えて解決を考えるのは少し違うような気もします。例えば、ファッション業界の人たちは、サスナビリティやサーキュラーデザインに関心が高い人が多いのですが、それはなぜかというと自分の手仕事が、環境負荷の原因になってしまうことに苦悩があるから。そこをどうにかしたいと思って問題に取り組むんですね。デザインの視点からサスナビリティを考えるときに、一番重要なのは「自分が作っていること」に立ち返ることだと思います。社会課題を遠くの場所で考えようとせず、まず自分の問題にする。そこから、トランジションに向けた取り組みを考えていくといいのではないでしょうか。

――森田先生が接してきた中で、そのようにデザインやものづくりがうまくトランジションにつながった事例はありますか?

パッと思いつくのは、前述した慶応義塾大学教授の田中浩也さんがけん引する鎌倉市のファブシティプロジェクトですね。「自分たちの使うものを、使う人自身がつくる文化」を醸成し、資源循環を促す「まち」を目指して、大学と鎌倉市、24社の民間企業が参画する産官学民連携プロジェクトです。一つの成功例として政策的にも認識されていますし、蓄積したノウハウが他の地域にも応用できるのではないでしょうか。

――一人ひとりがものづくりをする社会になれば、問題を「自分ごと化」しやすくなるのかもしれませんね。

そうですね。昔のお百姓さんは生活道具を自分で作っていましたが、自分で何かを作ったり、壊れたものを直して使ったりして、身近なテクノロジーや道具を知ることが、環境負荷を減らす第一歩だと思います。

――究極的には「昔の暮らしに戻す」ことが気候変動を食い止める鍵になるようにも感じました。しかし、企業としては経済成長が求められるので、悩ましい部分だとは思うのですが……。

そうですね。でも最近は「成長しないと、企業は本当に困るのかな?」という気もしています。ここでいう企業は、株式会社のことですが、例えば今後、地球の環境は相当悲惨になると思います。そうなった場合、成長よりも資産を保全してくれる企業に投資したいという考えが一般的になるかもしれません。そうすると、企業の目的が「経済成長」ではなくなり、ビジネスの仕方が今とは変わってくるはずです。トランジションというのは、そういう金融環境の変化や企業の在り方まで、社会の全面的な変化を含んでいるんじゃないかと思います。


ブラックボックス化するテクノロジーと気候変動

――そうすると、人とテクノロジーの関係性みたいなことすら変わってくるのでしょうか。富士通もテクノロジーを事業の柱とする企業ですが、テクノロジーは便利さを追求し、常に成長を求めるもの、という側面もあると思います。

まず、テクノロジーにもさまざまな種類があって、誰が主体になって作っているかによって、デザインが変わってくると認識することが重要なのではないでしょうか。私たちが普段慣れ親しんでいるテクノロジーは、基本的には株式会社が、株主に利益を分配するために作っているものです。そうした「テクノロジー」と、例えば田んぼの灌漑(かんがい)など、生活にもっと内在的に必要とされている「テクノロジー」は、一緒じゃないと思います。私たちの生活がすごく便利になったとしても、それが株主に配当をもたらすようなものじゃなければ、企業は基本的にはやらないわけですから。
 
あと、現在のデジタルテクノロジーの一つの特徴として、ブラックボックス化が著しいというのがあります。デジタルテクノロジーは、なんで液晶画面にグラフィックが出てくるのか、なんでパソコンのソフトウェアが動くのか、私たちからは全く見えないし、ほとんどの人が分からないまま使っています。自転車など、どうやって動いているか分かる道具や機械は、わざわざデザインしなくてもいいわけですが、デジタルテクノロジーは、逆にインターフェースデザインが必要です。そもそも「今のテクノロジーの在り方でいいのか」ということを少し批判的に考えて、デザインすることもまた必要かなと思います。

――ブラックスボックス化は、規模が巨大であるがゆえに実態が掴みづらい気候変動にも当てはまるところがありそうですが。

気候変動が見えにくい最大の理由は、やっぱりインフラストラクチャーの問題です。電力システムの在り方はCO2排出削減の大事なポイントですが、生活の流れの中では完全にブラックボックスになってしまっています。例えば、いま話しているこの部屋は冷房が効いていて快適ですが、どこから電気が来ているか、普通は考えないですよね。これは特に、生活者にとってはすごく見えづらい問題です。
 
だからこそ、企業の排出削減に可能性があるかなと。特に製造業の人たちは、自分たちがどんな設備で何をつくっているかが分かるので、生活者と比べるとインフラの流れが可視化しやすく、削減の余地があると思っています。


“あなたとわたしでつくる社会”とは

――最後になりますが、富士通デザインセンターでは、「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」というミッションを掲げています。森田先生にとって「あなたとわたしでつくる社会」とは何でしょうか。

ちょっと思ったのは、「あなた」と「わたし」って、既に知っている人たちを指しますよね。でも社会というのは、知らない人とかがいっぱいいるところで、僕はそこがいいと思うんです。知っている人同士だと、勝手に期待してしまいますけど、全然知らないおじさんが混じっている方が、ちょっと気楽だし、嫌になったらさっさとどっかに行けるので。それが、自律性の高い社会なんじゃないかと思います。自律性が高いというのは、自分の世話を一人でできるということだけではありません。誰もが自分の世話を、全部自分でできるわけではないので。自発的にケアしあえる社会というか、僕はそういう社会がいいんじゃないかな、と思います。

<SPECTACLES DIALOGUE>

気候変動は気温上昇だけでなく、異常気象の増加、海面上昇、生物多様性の損失など、多様なリスクを伴う複雑な問題です。近年の異常な暑さからも分かるように、その深刻さをすでに私たち一人ひとりが肌で感じ始めています。しかし、問題の構造や課題の本質を明確に語れる人は少ないかもしれません。森田先生の示唆にもあるように、私たちの生活を支えるインフラは、深刻な環境負荷を生み出しており、デザイン人類学の視点を取り入れることで、私たちの生活様式と密接に、且つ表面的には見えにくい形で繋がっていることに気づきます。特にハッとしたのは、”問題を抱えている社会を抽象的に捉えて解決することは違う”というフレーズ。紹介いただいたトランジションに繋がる事例も、第三者的な立場からではなく、自分自身の問題として捉え主体的なアクションをしている人達が社会の変化を作り出していると言えます。このように、問題を「自分事」として捉え直し、行動変容を促すデザインは、課題を努力で乗り越えるだけではなく、私たちの日常生活に自然に組み込まれるように持続可能な選択肢を一人ひとりの意志で選ぶことを実現できるのだと思いました。創造的なアプローチは、私たちが望む未来を、時に意外な形で提示してくれるかもしれません。これまで交わることのなかった異なる視点を組み合わせることで、これまでビジネスの視点だけでは見過ごしてしまう重要な要素が見つかるのではという期待を、森田先生との対話で感じることができました。これまで、混ざり合ってこなかった視点を混ぜることで課題をポジティブに変換する糸口をつかむことができるのではないでしょうか?


DESIGN SPECTACLES編集部
企画・構成: 渡邊 ちはる
編集:渡邊 ちはる
グラフィック:堀内 美緒

TEXT:エクスライト
Photo :山野 一真


この記事が参加している募集