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誰もがありのままの“あなた”でいられる社会とは

近年、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の実現に向け、障がいのある人の雇用機会の拡大や、安心して働ける職場づくりの取り組みが進んでいます。

障がい者の法定雇用率が段階的に引き上げられ、障がい者の雇用が大きく進展している一方、職場の雰囲気や人間関係に馴染めず、短期間で離職してしまう人も少なくありません。


出典:障がい者雇用状況の集計結果(厚生労働省)
出典:障害者職業総合センター 調査研究報告書サマリー(2017)「障害者の就業状況等に関する調査研究」


昔はこうした問題の原因を、各人にある障がい特性に起因するという「医学モデル(個人モデル)」の考え方もありましたが、現在は大きく変わり、生活の場や仕事の内容など社会や環境の側に障害があると考える「障害の社会モデル」という概念が重要視されるようになってきました。では、私たちは、「障害」に対するその画期的なリフレーミングを受けて、どうしたら社会の側にある障害、仕事の側にある障害をなくし、誰もが安心して働ける場をつくることができるのでしょうか。

そのヒントを探るため、訪ねたのは大分県別府市の社会福祉法人 太陽の家。
1965年に創設された太陽の家は、障がい者が働き、生活する施設。広い敷地の中には、いくつもの企業の工場や事業所が立ち並び、そこで多くの障がい者が働いています。太陽の家と株式会社富士通エフサスの共同出資会社である富士通エフサス太陽株式会社も、ここに事業所を置き、ICTに関わる事業を幅広く展開。そこでは、障がいのある人・ない人が共に働いています。

対談が行われた「太陽ミュージアム」
共生社会へ情報発信を続けていくための拠点であり、地域交流の場として活用されている

今回は、太陽の家の宮原実乃さん、曽川稔さん、富士通エフサス太陽の佐藤公亮さん、和田高明さんと一緒に、障がい者雇用の課題や両者の取り組みについて語り合いました。聞き手は、長年ユニバーサルデザインやインクルーシブデザイン領域で活動してきた、富士通デザインセンターの杉妻(すぎのめ)謙が務めます。


保護より機会を!
”自分たちも働きたい"という意志


杉妻
 太陽の家は1965年の創設以来、障がい者の就労支援に取り組んでいますが、どのような背景があったのでしょう?

宮原 創設者である中村裕(ゆたか)は、医師で「日本のパラスポーツの父」とも呼ばれており、障がい者スポーツの普及に努め、1964年の東京パラリンピックの開催にも尽力しました。中村は日本選手団の団長を務めたのですが、欧米から来たパラ選手たちがとても輝いて見えたそうです。

当時、日本人選手の多くは仕事を持たず、病院や療養所で暮らしていました。しかし、欧米の選手たちは仕事や家庭を持ち、大会後には都内で買い物を楽しむほど自立している。そんな彼らの姿を目にした選手たちから「自分たちも働きたい」という声が上がったそうです。中村はその気持ちを受けて、地元である別府に障がいのある人が働く施設を立ち上げました。

整形外科医だった太陽の家創設者の中村裕博士
リハビリテーションにスポーツを取り入れ、障がいのある人の社会参加に情熱を注いだ

杉妻 私は社会福祉について学ぶなかで、中村博士の「世に身心障がい者はあっても仕事に障害はあり得ない」という言葉にとても感銘を受けました。当時は「障害の社会モデル」という考え方もない時代でしたが、どうしてそのような理念が生まれたのでしょう。

宮原 創設当初はまだ、障がいのある人は何もできない、などと思われていた時代でした。それに対して、「障がいがあるからといって仕事ができないわけではない」という強いメッセージを打ち出したのだと思います。もう一つ、中村の言葉として、「No Charity, but a Chance:保護より機会を」があります。そこには、ただ住む場所や食べるものを与えられるような保護ではなく、「自分でしっかり人生を生きていくんだ」という強い意志があります。

「太陽ミュージアム」には随所に中村博士の言葉が掲げられている


杉妻
 心身の障がいが原因で働けないのではなく、社会や仕事の側に障害があるということ、そして、障がいがあるご本人の意志や希望を大切にするということですね。いまはどのような人たちがどんな職場で働いているのでしょう?

宮原 大分県別府市に本部があり、愛知と京都にも事業所を展開しています。富士通エフサスのほかにもオムロン、ソニー、ホンダ、三菱商事、デンソーなどと立ち上げた共同出資会社があり、協力会社で働く人や職員なども合わせると全体の在籍者は約1,800人ですね。このうち障がいのある人は1,100人ほどで、その半数以上が関連企業などで働いています。工場のライン作業といった製造業が中心ですが、近年は、富士通エフサス太陽さんをはじめ、三菱商事太陽さんなどがICT関連の事業にも取り組まれています。

太陽の家 宮原実乃さん
長年、障がい者の就労支援などをサポート

杉妻 富士通エフサス太陽は、他の共同出資会社と比べて、精神障がい者の雇用の割合が多いようですが、どのような背景があるのでしょうか?

佐藤 富士通エフサス太陽で最初に採用した精神障がいのある方が、発達障がいの方だったんです。彼は今でも働いているのですがとても優秀な方なので、それから精神障がい者を積極的に採用するようになりました。ただその後、精神障がい者でも、人によって特性に差があることを知り、いろいろな困りごとが出てきたんですが、太陽の家の就労移行支援(※1)機関などに助言を受けながら、徐々にノウハウを確立していきました。今では精神障がい者が、全社員の4分の1を占めるようになりました。

※1 就労移行支援:就職を目指す障がい者のための職業訓練制度

富士通エフサス太陽 佐藤公亮さん
障がい者雇用の事業責任者であり、障がいのある従業員や障がい者を支える
職場適応援助者(ジョブコーチ)の総括を担当

どうしたら、ともに成長しながら働くことができる場をつくれるか


杉妻 
佐藤さんのお話にもあった通り、障がい者雇用にはさまざまな課題がありますよね。精神保健福祉士・社会福祉士として、現場で障がいのある当事者やジョブコーチなどの支援者をサポートする和田さんの視点からもぜひ伺いたいです。

和田 やはり職場に定着してもらうのが難しいなと感じています。そこに関しては障がいのある社員と、彼らと働く同僚の双方に働きかけるようにしています。どちらかだけが頑張るのではなく、お互いが程よく歩み寄る努力をすれば、継続して働ける環境が生まれるのかなと思っています。

富士通エフサス太陽 和田高明さん
精神保健福祉士・社会福祉士の立場から、従業員へアドバイスをしたり、相談に応じたりしている

杉妻 当事者と支援者、業務を通じて双方と関わることの多い佐藤さんも、難しさを感じることはありますか?

佐藤 コミュニケーションにおいて、ささいな受け取り方の齟齬で関係性が難しくなってしまうことが多いですね。伝えた人の意図とは違う受け止めをされたとき、お互いの掛け違いをどう修復していくのかが課題です。

特に精神障がい者の方は高い能力を持っていても、それをすべて発揮できていないケースが多いように感じています。その背景には、一緒に働く人たちとの関係性が上手くつくれていないことがあるのかもしれません。僕たちも様子がおかしいときは「どうしたの?」と聞くようにしていますが、逆にそれを負担に感じてしまう人もいるので、それぞれの特性や状況にあわせたコミュニケーションを模索しています。

杉妻 確かに近年は精神障がい者の雇用が増えている一方、職場の人間関係などに馴染めず、短期間で離職してしまうケースも多いといわれています。こうした課題に対して、太陽の家ではどのような取り組みをされていますか?

富士通デザインセンター 杉妻謙
社会福祉士の資格を有するサービスデザイナー
テクノロジーを活用して「誰もが幸せになれる社会」のデザインに取り組んでいる

宮原 私たちは「就労移行支援」という事業に取り組み、2年間にわたり座学や職場実習を行っています。そこで指導する職員との人間関係が確立されると、社会に出てから職場で辛いことがあったときにも相談してくれるんですよね。実際、就労移行支援を経てから関連企業に勤めた人のほうが長く続いているというデータもあります。

曽川 当事者が悩みをひとりで抱え込まず、一緒に考えていける「居場所」があるのはとても大切ですよね。地域と一緒に支え合っていく環境をつくっていくのが大事なことなのかなと思います。

太陽の家 曽川稔さん
大学などと連携し、AIや機械学習の分野で障がい者の就労支援の研究・開発に取り組んでいる

杉妻 最近は採用面において、近隣の学校と富士通エフサス太陽で協力しながら面白い取り組みをしているそうですね。

佐藤 採用活動で学校に行く機会が多いのですが、先生方からよく相談を受けるんです。障がい者手帳は持っていないけれど、発達障がいの特性が見られる子たちの進路が心配だと。そういった子は社会に出た後、さまざまな壁にぶつかり、早期に離職してしまうケースが少なくありません。

社会に出ていく前に当社で就業体験を行い、太陽の家と協力しながら彼らの能力や向いている職業についてフィードバックして、今後の進路に役立ててもらう取り組みを24年度から始めます。

杉妻 企業にとって人材採用はとても重要な要素であり、障がい者雇用の既存の制度にとどまらず、学校との協働で新たな採用ルートを築くという、市場原理の中で競争をしながら新たな社会課題を解決していく、企業らしい素晴らしい試みだと感じました。

富士通エフサス太陽の作業風景。プリンタのメンテナンスをしているところ

宮原 これは私の意見なのですが、当事者の支援以上に、支援者の支援も重要だと感じています。人の気持ちや感情の動きを正面から受け止めていくのは、想像以上にストレスがかかるものです。富士通エフサス太陽さんで言えば、和田さんがその役目にあたりますが、「スーパーバイザー」的な存在はとても大切です。きちんと合理的配慮が提供されるからこそ、みんなが同じ料金を払う、太陽の家でも公認心理師(※2)などを置いて、支援者が相談できる窓口を設けています。

※2 「公認心理師法」に基づく、心理職の国家資格を保持する者

杉妻 「一人で悩まない」というのは支援者にも当てはまるのですね。

地域との共生で生まれる自然な関係性を大切にする


杉妻
 先ほど曽川さんから「地域と一緒に」という言葉が出ましたが、地域社会をはじめとする周囲の理解を促進するという観点では、どのような取り組みをされていますか?

曽川 一つは夏祭りなどのイベントで、敷地内にある「太陽ミュージアム」を開放し、障がいのある人の生活や自立支援について発信しています。あとは施設の周りに塀を設けず、地域に開かれた場所にしているのも太陽の家の特徴だと思いますね。敷地内には一般の人が利用する銀行や体育館があり、近くのスーパーでは障がいのある人が働いている。そうすると、施設と地域の境目がだんだんとなくなってくるのです。

賑わいを見せるスーパーマーケット
床にパレットを引き、肢体不自由がある職員もレジ業務ができるように工夫されている
太陽の家の入り口にある看板
敷地内には共同出資会社の他にもスーパーマーケットや銀行があることが分かる


杉妻
 地域の人が使う銀行やスーパーが敷地内にあり、日常生活のなかで自然と接点や関係性が当たり前に生まれてくる。地域に開くというより、垣根をなくし、地域を積極的に招いている発想がとても興味深いです。

時代とテクノロジーの進化が雇用の新しい可能性をひらく


杉妻
 太陽の家では、障がいのような本人の努力だけでは解決できない困りごとは、科学やテクノロジーの力で補えば良いという考えを持たれ、さまざまな取り組みをされていますよね。キャッシュレスレジを活用することで上肢障がいがある職員の方がレジ業務を問題なく担当されているなど、社会福祉とテクノロジーの両セクターの架け橋でありたいと考えている私としては、とても共感しました。さらに現在では障がいがある方の職域を広げるため、大学や企業と連携したAI開発のプロジェクトを進めていますよね。

曽川 AIによって人々の暮らしがとても便利になっていく一方、その便利さによって障がい者の仕事が失われるのではという懸念もあります。そのような中で、AI開発の根底となるアノテーション(※3)という作業を障がい者が担えないかと基盤づくりを進めています。障がいのある人が利用可能なシステムを構築することで、障がい者雇用の創出につなげるつもりです。

※3 AIの機械学習に必要なデータ(教師データ)を作るために、テキストや画像などのさまざまな形態のデータにタグと呼ばれる情報を付与するプロセス

杉妻 AIは障がい者の暮らしを支えることにもなりますが、その基盤づくりに当事者が参加していることに大きな意義を感じます。

曽川 そうですね。AIに仕事を奪われるのではなく、自分たちで作り上げていく。障がい者の中には、特定の分野において並外れた記憶力を持つなど、突出した能力を発揮する方もいます。例えば、車が大好きな人が車種や年式まで細かくタグ付けしていけば、すごく有益な情報になっていくと思うんです。障がい者の力を集めた「太陽ブランド」として価値を高めていくことが理想です。

テクノロジーを活用しながら、障がいのある人が働きやすい場を目指す志が表現されている

”あなたとわたしでつくる社会”とは

杉妻 最後になりますが、富士通デザインセンターでは「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」をミッションステートメントに掲げています。皆さんが考える、“あなたとわたしでつくる社会”とはどのようなものなのでしょうか?

宮原 私はよく太陽ミュージアムの見学者の方から「健常者と障がい者」という言葉を聞くのですが、その二項対立みたいなものに違和感を覚えているんです。障がいがあるかないかで分断して考えるのではなく、一人ひとりと向き合っていくような社会を広げていきたいと思っています。

この太陽ミュージアムも、実は障がい者割引がないんです。だってここに入るのに、障がいの有無は関係がないから。

杉妻 例えば日本の遊園地では障がい者割引で半額になったり、海外の遊園地では障がいの種類によって乗れなかった分の割引があったりしますが、太陽ミュ-ジアムは逆の発想で、最初から誰もが同じく楽しめるように作られている、きちんと合理的配慮(※4)が提供されるからこそ、みんなが同じ料金を払う、真の意味で公正な取り組みがされていて感銘を受けました。

※4 障がいのある人にとっての社会的なバリアについて、個々の場面で障がいのある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合には、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をすること

和田 あとは、健常者と障がい者がお互いを「認め合う」というのも違うのかなと感じています。宮原さんが言うとおり、二つに分けるのではなく、一人ひとりが「ありのままでいいんじゃない?」と思うんです。そうした理解が広がれば「障がい者だから」「健常者だから」という見方が無くなり、「あなただから」という言葉に変わっていくのではないでしょうか

杉妻「太陽の家なんて、なくなればいい」という中村先生の言葉が思い出されます。それは障がいのある人の社会参加が当たり前になれば、太陽の家なんて必要ないでしょってことだと思うんですけど、そういう当たり前の社会をつくることが、最終的なありたい姿かもしれませんね。

お気に入りのスニーカーについて、和やかに談笑する場面も


<SPECTACLES DIALOG>

どうしたら、社会の側にある障がいをなくしていけるだろうか?

障がいが当事者にあるのではなく、社会の側にあると捉え直し、リフレーミングすることで、従来の当たり前を疑い、視点を変えて新たなやり方や価値を生み出してきた、中村博士の「世に身心(しんしん)障がい者はあっても仕事に障がいはあり得ない」という言葉。そして太陽の家はさまざまな企業を巻き込み、互いの強みやノウハウを持ち寄るコレクティブなやり方で、障がい者雇用に取り組んできたことが大きなポイントでした。課題をリフレーミングし、コレクティブに取り組むことは、いままさに社会課題解決において求められており、中村博士や太陽の家の取り組みは、社会デザインの先例だと言えるのではないでしょうか。
そして、実際に太陽の家へ足を運んで印象的だったことは、「開かれたデザイン」が施されていることでした。敷地内などに誰でも利用できる銀行やスーパーマーケットがあることで、日常生活の中でたくさんの接点が生まれ、
障がいを意識しない「人と人の関係性」を築くことが自然にできているのだと思います。こうしたデザインをうまく取り入れたり、中村博士が「足りないところは科学の力で」と言うようにテクノロジーを活用したりすることで、社会の側にある障がいをなくしていけるのではないでしょうか。
「障がい者の社会参加が当たり前の社会」を考える際に思うのは、障がいのある方が求めているのは、特別扱いや施しではなく、障がいのない人となんら変わらない「当たり前」の生活であるということ。「何かしてあげなくてはいけない」というバイアスを取り払い、いま一度「普通って何?」「当たり前って何だっけ?」と考えてみることも必要かもしれません。

※所属・肩書は取材当時のものです


関連リンク
社会福祉法人 太陽の家
富士通エフサス太陽株式会社



DESIGN SPECTACLES編集部
企画・構成: 杉妻 謙・宮 隆一 
編集:渡邊 ちはる
グラフィック:堀内 美緒

TEXT:荘司 結有・エクスライト
Photo :上米良 未来


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