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ISSUE Carbon Neutrality | 等身大の課題から描く脱炭素化への道筋

企業にも社会課題を解決するためのリーダーシップが求められている昨今。しかし、「収益性」と「サステナビリティ」を両立するハードルは依然高いといえるのではないでしょうか。

グローバル・サステナビリティ・トランスフォーメーション調査レポート 2023より
サステナビリティ・トランスフォーメーションの状況

今回は、多くの企業が今まさに注力している社会課題「カーボンニュートラル(脱炭素)」に着目。地球規模のビッグイシューをどのように「自分ごと化」して、アクションへつなげていくことができるのか。そんなビジネスパーソンの悩みに対して、ヒントを探るべく、脱炭素化支援機構(以下、JICN) 代表取締役社長 田吉禎彦さんにお話を伺いました。聞き手は、富士通コンバージングテクノロジー研究所に在籍し、デザインとテクノロジーの力を掛け合わせ、ウェルビーイングなまちづくりに取り組む今村亮太。互いの専門分野は違えど、複雑な課題を等身大に切り出してリーダーシップを取る2人が、「ビジネス視点での脱炭素との向き合い方」を語り合いました。


どうしたら、大きな課題をみんなで解き合うことができるだろうか?


今村 
JICNでは、脱炭素ビジネスを支援すべく、革新的な技術やビジネスモデルを持つ企業やプロジェクトに投融資されているそうですね。その成り立ちを教えてください。

田吉 JICNの前身はグリーンファイナンス推進機構という一般社団法人で、環境省からの補助金を原資に、主に地域における再生可能エネルギー発電プロジェクトを支援していました。この活動をさらに発展・拡大するべく、2022年に株式会社として設立されたのがJICNです。85社の民間株主と国の財政投融資が出資元で、民間株主のうち約50社が地方銀行。いわゆる官民ファンドで設立時からこれだけの民間株主が集まるのはめずらしいと思います。

2022年10月の設立から脱炭素化支援機構の初代代表取締役社長を務める田吉禎彦さん

今村 それだけの数が集まったということは、寄せられる期待も大きいのではないかと思います。官民が協働することによって、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか?

田吉 「脱炭素」は、1社では解決の難しい大きな課題です。そこで、JICNでは株主、関係省庁や地方自治体、投資先を集めた交流会を定期的に実施するなど、「ハブ」のような存在になりたいと考えています。

幅広いステークホルダーと積極的に対話しながら、それぞれが持つ技術力・アイディア・ネットワークをつなぎ合わせる。そうした連携強化によって新たなソリューションを生みだすことができる点がメリットだと思います。

今村 社会に大きなインパクトを起こすためには、そうした“点と点をつなげていく取り組み”が求められますよね。また、ビジネスをスケールさせるためには、脱炭素に取り組むプレイヤーを増やしていくことが重要かと思いますが、どのようなことを意識されていますか?

富士通コンバージングテクノロジー研究所でウェルビーイングなまちづくりに取り組む今村亮太

田吉 そうですね。JICNは、世の中が「脱炭素につながる」とまだ認識していないような事業に対しても積極的に投資するなど、「これも脱炭素アクションなんだ」と気付いてもらえるような取り組みをしています。

今村 生活者が脱炭素を「自分ごと」として捉えられる「手触り感」が鍵となりそうですが、具体的にどのような投資事例がありますか?

田吉 例えば、生活インフラである「水」の問題を構造から捉え直して課題解決に挑んでいる「WOTA」。WOTAでは、排水の98%以上を再生して循環利用を可能にする「小規模分散型水循環システム」を提供しています。「なんで水の再生が脱炭素なの?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、過疎化が進んだ山奥などでは大規模な水道工事をするよりも、WOTAのようなシステムを導入したほうがエネルギーの節約になるのです。

また、中古マンション選びとリノベーションのワンストップサービスを提供する「リノベる」も、実は脱炭素ビジネスといえます。リノベーションを推進し、「壊さない」ということだけでも、温室効果ガスの削減に寄与しますが、併せてZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)/ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)化などの省エネ改修を施すことにより、温室効果ガスの排出削減に貢献しています。

 今村 生活者にとって身近であり、まさに「生活者の視点」と「社会の視点」の交点を見つけて、リーダーシップをとっている好例ですね。

社会課題解決の「手触り感」と「事業成長」の両立

今村 富士通では、事業を通したサステナビリティの実現に向けて答えを模索するなかで、そのヒントになりそうな仮説を「SUSTAINABILITY TRANSITION BY DESIGN」と題したレポートにまとめました。このレポートでは富士通が実践を通して感じた難しさとして、
①経済性と社会性の両立
②立場の違いを乗り越えること
③解くべき課題を捉えること
の3つを挙げています。田吉さんが共感できる部分はありましたか?

富士通がさまざまなプロジェクトを通して感じた社会課題に向き合う難しさ
(「SUSTAINABILITY TRANSITION BY DESIGN」より)

田吉 3️点とも非常に共感できます。まず「経済性と社会性の両立」ですが、JICNの投融資基準にも、まさに一致する内容が含まれているのです。政策的意義の一つとして、「我が国の経済社会の発展や地方創生に貢献する等、経済と環境の好循環の実現を踏まえたものであること」を掲げています。

今村 経済性と社会性の両立は、多くの企業が抱えている悩みだと思います。例えば、富士通のようないわゆる大企業の視点で考えると、脱炭素やブルーカーボンのような地球規模の課題に対し、企業の社会的責任として当然取り組むべきだという使命感がある一方、市場としては未成熟なので、先行投資していくことに難しさも感じます。脱炭素ビジネスに取り組む企業を多く見てきた田吉さんから、何かアドバイスはありますか。

田吉 一つには、その分野で先行しているスタートアップや地域の中小企業との連携は現実的な手段ではないでしょうか。スタートアップに対しては出資、中小企業に対しては協業などの形で関われば、両者にとってWin-Winの関係が築きやすいでしょう。

今村 確かに、社外との連携も含めて、より広い視点で介入できるところを見つけていくことは重要ですね。上述したレポートでも、サステナビリティ実現のために「介入点の見つけ方」が一つのポイントになるのではとまとめています。これは、社会課題はさまざな問題が複雑に絡み合って存在しているので、一つのことだけを見るのではなく、人々の生活や関係性、社会とのつながりを理解した上で課題を捉えていくということです。田吉さんのアドバイスは、ここに重なる考え方かもしれませんね。

社会を持続可能にする3つのシフト
(「SUSTAINABILITY TRANSITION BY DESIGN」より)

田吉 特に地域の課題に取り組む場合、ステークホルダーとの調整に難航するケースがよく見られます。ありがちなのが、地元の人が「よく分からないから」といって、東京のコンサル会社などに丸投げしてしまって、なかなかうまくいかないパターン。まずは、その地域で責任を持って事業に取り組むキーパーソンを見つけること、介入できる「人」を見つけることが大切だと思います。

同時に、長期目線で事業の成長を描くことも重要です。例えば、ヨーロッパではカーボンプライシングが早期に導入され、企業の脱炭素削減の取り組みが進んでいます。カーボンプライシングは、企業などが排出するCO2に価格をつける仕組み。つまり、CO2を多く排出すれば、それだけ企業の金銭的負担が大きくなるわけです。

分かりやすい事例だと、企業がEV車を購入しようとするとガソリン車より初期費用はかかりますが、カーボンプライシングが導入されるとガソリン車を使い続けるほうがコストは大きくなります。気候変動を意識した経済活動は、長期的に見ればコスト削減になるといえるのです。

それを見極めるには、将来の予測力も大事になります。ビジネスになるまで「どれだけ耐えられますか?」と問いかけるのです。いくら世の中に良いことでも、ビジネスとして成り立つか否か、そこの峻別は大事。スタートアップのようにお金がない企業でも、「必ずビジネスになる」と信念を持って、粘り強く説得できるところに人が付いていきますから。

今村 見極める“目利き力”、リーダーシップが大事になるというお話ですね。レポートを作成する過程で有識者の方に取材した際も、「長期的なストーリー」を描く重要性に触れていました。長期的な視点を持てるかどうかは、経済的リターンと社会的インパクトを両立する大きなポイントですね。

立場の違いを乗り越えるための「見える化」

今村 残り2つの難しさ(立場の違いを乗り越える、解くべき課題を捉える)についても、共感できるとおっしゃっていただきました。具体的に、どんなときに難しさを感じますか?

田吉 例えば、JICNの組織内でも「立場の違い」を感じることがあります。金融機関や事業会社、あるいはコンサルティング会社出身者、公的機関からの出向者などさまざまなバックグラウンドを持つ人が集まっているため、考え方や言葉の捉え方まで多くの違いがあるのは仕方のないこと。社会の構図に置き換えても、まさに同じ課題がありますよね。

また、投融資を行うときには、「解くべき課題を捉える難しさ」があります。投資先を選定する際は事業性をさまざまな観点から見なくてはなりませんが、全てをくまなく見ているとキリがありません。解くべき課題となる「論点」を見極めて判断を下すことが求められます。

「SUSTAINABILITY TRANSITION BY DESIGN」を軸に対話を行った

今村 テーマや立場は違えど、JICNも社会課題に向き合う中で富士通と似たような悩みを抱えているのだなと感じました。例えば、サプライチェーン全体で「脱炭素」に取り組もうとしたとき、大企業では実現可能でも中小企業にとってはハードルが高く「もう一定の努力をしています」で終わってしまうことがあります。さまざまなステークホルダーの共感を得て実行に移していくのは、並大抵ではないと日々実感していますが、JICNではビジョンや意見が異なる人たちと、どのように一緒に活動されていますか?

田吉 政府主導で脱炭素の取り組みが進む一方で、近年は太陽光発電や風力発電など大規模なプロジェクトへの反対運動も増えています。「エネルギー転換を取るのか、地元の景観を取るのか」といった問いに対して、誰も明確な答えを持っていないので、議論が起こるのは当然です。時に、そうしたビジョンが一致していないプロジェクトにJICNが介入していく場合もありますが、合意形成の過程で大切になるのが、真の意味で「地域共生」になっているかという観点です。

その基準を明確にするために、脱炭素の効果や地域貢献度を「見える化」する取り組みが重要だと思います。当社では大学などと協力して、脱炭素の効果や地域貢献度を測定するツールを作成しました。

例えば、大規模な太陽光発電システムを作ろうとした場合、森林伐採への批判が起こることがありますが、実際にツールを使って、森林伐採しなかったときの脱炭素効果と太陽光発電システムを作ったときの効果を比較すると、後者の方が脱炭素の効果が大きいということがあります。それに加え、地域貢献度の見える化のツールを使うなどして、雇用創出など経済的なメリットまで見える化できると、地域の人も判断しやすくなるでしょう。

社会課題の解決に対して、適切なリスク・リターンを確保しつつ、環境・社会・経済にポジティブなインパクトをもたらすことを意図した「インパクトファイナンス」は世界的な潮流になっています。その指標として「ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)」がありますが、今後はそこに経済的な利益(Economy)を加えて、「EESG」とすることで地域の理解が得やすくなるだろうと私は考えます。

今村 これまで主にEの領域のお話を伺ってきましたが、私はろう・難聴者の方々と一緒にさまざまなプロジェクトに取り組むなど、Sの領域で活動することも多くあります。例えば、髪の毛などに装着して振動と光によって音の特徴をからだで感じることができる「Ontenna(オンテナ)」や、駅のアナウンスや電車の音といった環境音を文字や手話、オノマトペとして視覚的に表現する装置「エキマトペ 」などを、ろう・難聴者と協働で開発しました。

こうしたプロジェクトを進めるなかで感じるのは、国が率先して進めるEに比べると、Sの領域では、取り組みの結果を数値として可視化しづらく、なかなか投資が進んでいない現状です。指標づくりで田吉さんにおっしゃっていただいたポイントは参考になりそうですね。
 

振動と光によって音の特徴をからだで感じることができる「Ontenna(オンテナ)」を試す田吉さん

“あなたとわたしでつくる社会”とは

今村 最後になりますが、富士通デザインセンターでは、「社会の課題を、等身大に。社会の明日を、あなたとわたしで。」というミッションを掲げています。田吉さんにとって「あなたとわたしでつくる社会」とは何でしょうか。

田吉 簡単ではありませんが、相手の立場や考えを「自分ごと」として捉えていくことかなと。理解できない考え方でも、まずは相手の主張に寄り添ってみる。「自分に障がいがあったら、どんな困りごとがあるだろう」と想像してみる。そうやって短絡的ではなく幅広い視点で社会を見ていくと、今の自分には無関係でも将来は困るかもしれない、周囲の誰かが困るはずだという「取り組むべき社会課題」が見えてくるはずです。そうした視野を持てると、SNSで見られるような非難の応酬とは真逆の「あなたとわたしでつくる社会」につながっていくのではないでしょうか。

今村 そうですね。当たり前のことですが、私たちは一人ひとり性格も考え方も得意・不得意も違います。それを理解して受け入れることで、自分らしく生きていける社会をつくっていきたいですね。そして、自分と他者との違いに気づくためには心の余裕が必要なのかなと。現代人は忙しいと言われますが、なるべく日常に余白をつくって“気づき”を得るための接点を持てたらと思います。


<SPECTACLES DIALOGUE>

「人新世」という言葉が、私たちの耳にも届くようになりました。地質学の新しい時代区分ですが、それは、人間の活動が地球に大きな影響を与えるようになった現代のことを指します。気候変動はまさに、人間の活動がもたらした問題。脱炭素社会への移行は、避けられない世界共通の課題であることが分かります。

田吉さんとの対話から見えたのは、対立が生まれる議論にこそ、本質を見逃さないための重要なプロセスがあるということ。そして、共通のゴールに向かうための道筋を示す「見える化」が鍵になるということでした。それは、誰も答えを持っていない複雑な課題に対して、さまざまな視点や粒度で議論するための共通言語になるからだと思います。

また、今村さんが手掛けるプロジェクトのように、日本を豊かにしていくために本当に必要なことは何かを問い続け、多くの人の共感と共鳴がつなぐ強い世界観を持つこともリーダーシップの在り方とも捉えることができます。

しかし一方で、長く続けるためにはコストがかかり、経済性との両立が課題となっていることも事実。スケールしない啓発事業や自己満足な見え方で終わってしまうジレンマも抱えているという話は、とてもリアリティを感じます。

そこへ、「予測した未来を実現するまでにどれだけ耐えられますか?」という田吉さんの問いかけ。 

「経済性と社会性の両立」は、変化の激しい社会の動きからすると非常に難しい。だからこそ、将来を見据えてビジネスになると思えば挑戦する価値があるが、難しいと思ったらビジネスとしては諦める峻別が大切。結局は、見極める”目利き力”による意志ある説明ができる人に、人は巻き込まれていくというお話もまた印象的でした。

「なぜ?」「どうやって?」と繰り返し問いかける対話こそ、主体的な関わり方を再設計する力となり、その過程で生まれた「どんな未来を選択するのか」という視点は、新たな事業機会と新しいリーダーシップのかたちにつながるのではないでしょうか。

※所属・肩書は取材当時のものです

関連リンク
株式会社脱炭素化支援機構
Ontenna
エキマトペ 


DESIGN SPECTACLES編集部
企画・構成: 宮 隆一・渡邊 ちはる
編集:渡邊 ちはる
グラフィック:堀内 美緒

TEXT:小林 香織、エクスライト
Photo :上米良 未来


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